俺は単に後悔しながら生きていくのが嫌なだけなんだ

 やはりそうだ……。

 今、俺の目の前で虫の息のエルフは、クリスティナの父フレイだ――

 彼は絶望に打ちひしがれたかのような暗い口調で告げてきた。


「さあ、もう行ってくれ。私は奴にとっての憎き敵だ。私をひと目見れば、真っ先に屠るだろう。そうすればあなたへの注意がそれるかもしれない」

「待ってくれ……。見ず知らずの俺のおとりになろうって考えているのか!?」

「……見ず知らずと言ってくれるな……。娘の『笑顔』のもとであるあなたのことを……」

「え……? もしかして……」


 俺が驚愕に目を丸くした瞬間だった。

 

――ギャオオオオ!


 と、すぐ近くから奴の咆哮が響いてきたのだ。

 奴がここにやってくるまで、もうわずかな時間も残されていない。

 迷っている暇なんてねえんだ!

 

――ガシッ!


 俺は彼の両手を肩にかけると、隠れられそうな場所を探し始めた。

 

「な、なにをしているんだ!?」


 彼の口から驚きの声が上がる。

 しかし俺にとっちゃあ、これが当たり前なんだ。

 なぜなら今まで何度もこうして誰かを抱えて逃げてきたんだから――

 

「俺は単に後悔しながら生きていくのが嫌なだけなんだ」

「だからと言って、自分が危険な目にあえば、その方が後悔するだろう!?」

「ははっ! 親子ともども、もっと俺という人間をよく知った方がいいぜ!」

「どういう意味だ!?」


 そんな会話を続けているうちに、ちょうどエルフの身が隠せそうな岩陰が見つかった。

 そこへそっと彼の体を置くと、彼に背中を向けたまま答えた。

 

「俺は不器用な人間なんだ。もし誰かを見捨てたとしたなら、そのことを綺麗さっぱり忘れられるなんて器用な真似ができねえんだよ。残るのは醜い後悔だけさ。後悔を引きずりながら生きるのが、俺にとっちゃあ最もカッコ悪い生き方なんでな。さあ、ここで大人しくしてるんだぜ。奴の気配が消えたら好きにするんだな」

「ちょっと待ってくれ! 私は……」


 彼の必死に呼び止めも聞かず、もと来た道へと引き返していった。

 

――とにかく奴とフレイの距離を少しでも離すんだ!


 すでに意識はその一点に切り替えられている。

 そしてしばらく進むと……。

 

「よう……。こうして真正面から対峙するのは、二度目ってことになるな」


 目の前に、全身を真っ赤にしたリーパー・リントヴルムが現れたのだった――

 

◇◇


 王国を出てから順調に航行していた『真紅の戦乙女』リーサたち一行。

 いよいよ島の南岸まであと少しというところまでやってきた。

 

「思ったより早くここまで来たわね」

「ああ、ここらで少し停まって、日没前にまた動くとしよう」


 ステファノはそう告げると、船長室の方へと向かっていった。

 

――もうすぐね! もうすぐフィトさんとエルフたちを助けるために戦えるのね!


 リーサは目を輝かせながら、島へと続く大海原を見つめていたのだった。

 

 ……と、その時だった。

 若い航海士の青年の声が、甲板に響いてきたのだ。

 

「なにかがこちらに飛んで近付いてくるぞ!!」


 その大声に弾かれるようにして、リーサはマストの方へひらりと身を翻した。

 彼女はモンスターが襲来してきたものだと思い、そこに立て掛けてかけておいた大剣を手にした。そして航海士が示した方向へ目を凝らしたのである。

 すると彼女の目にぼんやりと映ってきたのは、背中に羽をはやした小さな人の姿であった。

 

「あれって……もしかしてエルフ!?」


 危険な相手ではないと察知した彼女は、構えていた大剣を下ろして船のへりから身を乗り出した。

 そして徐々にこちらの方へと向かってくる存在に、じっと目を凝らした。

 たしかにそれはフィトから送られてきた画像にあったエルフの姿と一致している。

 ただ、そのエルフの飛ぶ姿はいかにも弱々しく、いつ海面に落下してもおかしくないくらい危ういものだ。

 

「あれはエルフに間違いないわ! あのエルフを船に乗せましょう!!」


 と、彼女は大声で指示を飛ばすと、船は速度を上げてエルフへと近寄っていったのだった――


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