俺はかっこわるくたっていい。もっと言えば、死んだっていいんだ。とにかく彼女を……
◇◇
俺がこの島にやってきてからまだ二十日もたっていない。
しかしこのわずかな期間で、俺は一生分の『人生のドラマ』ってやつを見てきたような気がする。
そのクライマックスがまさに迫っていた。
「これがリーパー・リントヴルムの卵か……。こんなの持ち帰るのは不可能じゃねえか」
ペルガメント山の山頂。それなりの標高はあるが、登るのにそう苦労しない。
そのため、あっさりと登頂に成功した俺は奴が戻って来る前に、奴が大事にあたため続けていた卵のもとへとたどり着いたのだった。
俺の背丈と変わらないくらい巨大な卵。
これを採取して戻ってこいというクエストは、あまりにも酷ってもんだな。
「さてと……じゃあ、おっ始めるか!」
俺は卵から眼下へと視線を移す。
そこには確かに漆黒の龍が、一直線にこちらに向かっているが分かった。
まだ小さい点のため、奴の表情をうかがい知ることはできねえ。
しかし怒り狂っているんだろうな、というのは雰囲気からしてあきらかだ。
「俺という『虫けら』をつぶすまでは、どこまでも追いかけてくるだろうな。へへへっ、いいぜ。受けて立ってやるよ!」
俺は卵から離れると、一目散に山頂から離れた。
もちろん奴と距離を取るように島の北へ向かってだ。
「追いつかれるまで、あと十分ってところか。まずは隠れる場所だな」
追いつかれてから行うこと。
それは奴の一撃必殺の攻撃をかわしてから、距離を取ることだ。
しかし自分の身体能力だけで攻撃を回避し続けるのは不可能だ。
適度に頑丈な岩陰などを利用して……。
そんなことを考えている時だった――
「ギャオオオオオ!!」
なんとリーパー・リントヴルムの真っ黒な影が、頭上を覆い尽くしたのだ。
「なんだと!? こんなに早く!?」
しかし今その理由に頭を回している場合ではない。
俺は山道から少しそれた岩肌へと体を投げた。
――ズドンッ!
俺の立っていた場所に奴の太い足がめりこむ。
あきらかに前に対峙した時とは雰囲気が違う。
広げた翼は黒一色ではなく、赤みがかかっており、鋭い瞳は金色に光っていた。
「おいおい……こいつは『モード』が違うってやつか……」
そうつぶやいた瞬間だった。
――カッ!!
大きく広げた口の中から閃光が走った瞬間に、灼熱の光線が俺のすぐ横を通り過ぎていったのだ。
「ブレスか!? くっそ! ここにきて攻撃パターンが増えるとか、反則もいいところだぜ」
幸いなことにブレスの範囲は1mほどで放射型ではない。
攻撃のパターンさえつかんでしまえば、そう簡単に当てられるものではないだろう。
もっとも、かすっただけでも丸こげになってしまうだろうから、絶対に当たってはならないのだが……。
俺は一瞬だけ生まれた隙をついて、ゴツゴツとした岩肌をくだっていく。
『くだる』というよりも『落下』とした方が適しているかもしれない。
しかし急斜面を滑り落ちるようにくだっていくのは、冒険者養成所時代から何度も繰り返してきたことだ。
俺は器用に足場となる岩を選びながら駆けていく。
一方のドラゴンは、上空をはばたきながら次々とブレスを浴びせてきた。
――ドゴン! ドゴン! ドゴン!
周囲の岩石が粉々に破壊されていくたびに、ひたいから嫌な汗が浮かんできたが、徐々に攻撃間隔を掴みだすことだできるようになってきた。
わずかだが心の余裕が生まれると、先のことに頭を巡らせられるものだ。
今俺が進んでいるのは山の北側の斜面。このまま下りきれば山の南側と同じように深い森だ。
そこに逃げ込んでしまえば、奴の動きを少しは封じ込められるはずだ。
『希望』が少しでもわくと、足が軽くなるのだから不思議なものだ。
俺はまるで跳ねるようにしながら山をくだっていった。
そして先のことへ考えを巡らせるのを終え、心が空となった途端に、心に浮かんできたのは、クリスティナの笑顔だった。
歳だってぜんぜん違うし、種族も異なる。
それでも彼女は俺を『大切な人』と慕ってくれているのだ。
いままで、そんな風に他人から想われたことなんてない。
だから自分の気持ちをどう扱っていいのかすら分からない。
だけど一つだけ断言できることがある。
「俺は、ただお前さんを助けたい。それだけなんだ」
彼女の他にも大勢の救うべきエルフたちはいる。
しかし心の中に浮かんでいるのは彼女の顔だけだ。
出会った頃の鬼のような形相からはじまり、笑った顔、怒った顔、泣いた顔……。
彼女のすべての顔が、まるで一冊のアルバムのように心に刻まれている。
「俺はかっこわるくたっていい。もっと言えば、死んだっていいんだ。とにかく彼女を……」
そうつぶやいた瞬間だった。
背中にちりちりと焼かれるような高温を感じたのだ。
無意識に体が動くと、斜面をくだるのをやめて、岩陰に身を伏せる。
その直後だった――
「キャオオオオオ!!」
という甲高い雄たけびとともに、目の前が真っ白に光った。
「ぐわあああああ!!」
大きな岩のおかげで直撃は避けられたものの、上空を飛んでいるドラゴンから発せられた灼熱のブレスは、容赦なく俺の全身を襲った。
内臓から焼けるような熱に、服とわずかに露出している肌が黒ずんでいくのが分かる。
醜い生存本能が、「少しでも奴から離れるんだ」と全神経に指令を飛ばすと、俺はまさに転がりながら落下していった。
何度も鋭い岩が俺の腹や背中に衝撃を加えていく。
それでも両手を後頭部に回して、意識を飛ばさないようにしていたのは、長年の訓練と実戦のたまものだと胸を張ってよいだろう。
ほんの一瞬のうちだったかもしれないが、ようやく灼熱の閃光がおさまると、もう一度態勢を立て直した。
ちらりと背後を振りかえると、先ほどまでの赤みがかかった黒から、全身真っ赤に染まっている奴の姿が目に入る。
「もうそれが『最終モード』であってくれよ……でないと、身がもたねえからよ」
鈍い痛みが胸の下あたりにとどまり続けている。
どうやら何本かのあばら骨に異常があるのは確かだ。
しかし痛みに意識が向いた途端に、弱気の虫が走るのは確実だ。
とにかく今は前だけを見て逃げ切ることだけに集中しなくてはならない。
不幸中の幸いながら、山の麓は目の前だ。
森の中に逃げ込めば……。
そう考えていた直後だった。
事態はさらなる『絶望』に陥っていったのであった――
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