フリッツの信念

◇◇


 カタリーナがフィトに対して、クエストでエルフたちの救援ができないと伝えていた頃。

 夜更けにも関わらず、王城ではリーサが国王への謁見を強く求めていた。

 

「国王様に面会できるまで、わたしはここから一歩も動きません!!」


 彼女は真紅の鎧姿のまま国王や彼の家族が過ごしている区画の前で王国兵たちと睨みあいを続けている。

 兵たちも、国の英雄である彼女をじゃけんに扱う訳にもいかず、とまどいを隠せない様子だ。

 そこに国王の側近であるフリッツが眠い目をこすりながらやってきた。

 

「大きな声がするかと思えば、お前か……なんのつもりか? こんな時間に」

「わたしはあんたと話をするつもりはないの! 国王様に直にお話しするわ!」


 そう言ってきかない彼女に対して、大きなため息をつきながら首を横に振ったフリッツは、きっぱりと言い切った。

 

「いくらここで大きな声を出しても、国王様はお前に会うことはない」

「どうして!?」

「そういう『規則』だからだ。国王様が一人の国民の脅しに屈して、自ら『規則』を破っては、他の国民たちにしめしがつかないではないか」

「ぐっ……でも……」


 彼の言い分は筋が通っており、感情に任せてここまで乗り込んできた彼女は言葉につまってしまった。

 すると追い討ちをかけるように彼は淡々とした口調で続けたのだった。

 

「お前の用件はどうせ『エルフ救出のクエスト』についてであろう。万が一、国王様がお前との謁見を許しても、どうにもできないと分かっているのか?」

「……そんなこと……国王様ならどうにかしてくれるに決まってる!」


 声を振り絞りながら涙を流す彼女に対して、フリッツは険しい表情で告げた。

 

「よく聞け、冒険者リーサよ。この国から法と秩序を取ってしまったなら、なにが起こると思うか? 聞くまでもなく『内乱』だ。国の英雄たるお前が、目の前の小さな正義にとらわれて、先にある大きな災いに目を向けないでどうする?」

「でも……でも、このままじゃ……」


 ついにがくりと肩を落としたリーサ。

 フリッツは周囲の兵たちに静かな声で命じた。

 

「彼女をギルドまで送ってやれ。きっと彼女の姉がまだ中にいるはずだから」


 しかしリーサは小さく首を横に振ると、兵たちの手を借りることなく、ふらついた足取りでその場を立ち去ろうとした。

 するとフリッツは彼女の背中に向けて口を開いた。

 

「最後に言っておく。一見すると遠回りに見える道が近道であることもある。それは目の前のそびえ立つ山に対して、真正面からぶつかっていくよりも、回り道をして緩やかな道を選択した方が、結果として早く山頂にたどり着くのと同じことだ」


 今までと違って、熱のこもった彼の口調に、リーサはピタリと立ち止まった。

 そしてフリッツは同じ口調のまま続けた。

 

「なにがあっても『規則』は守らねばならぬ。だが『規則』を守ることが結果として近道であるとお前にも分かる日が近いうちにくるだろう」


 そこまで彼が言ったところで、リーサはくるりと振り返る。そして頬をほのかに赤く染めて彼に詰め寄った。

 

「どういう意味か、バカなわたしでも分かるようにはっきり言って!」


 彼女の問いにフリッツは「ふぅ」と一つ息を吐くと、静かに答えた。

 

「冒険者養成所は、リーパー・リントヴルムの危険性と生態について調査をする進言を『規則』にのっとって、昨日のうちに議会に提案した。議会は『規則』にのっとり、臨時会議を開き、それを承認」

「え……それは……」


 直『冒険者養成所の責任者』も、『議会のトップ』も全て同一人物が兼ねている……。

 言うまでもなく『フリッツ』だ。

 つまり彼は、彼の信念である『規則』に従って、全てを彼自身の手で進めていたのだ。

 

「議会は明日の始業時刻とともにギルドに使者を送り、『Sランクのクエスト』の発行依頼を、ギルド長に行う予定となっている……と言えば、イノシシのお前の頭でも理解できるか?」

「フリッツ!!」


 今までの沈んだ調子を一変させたリーサは、彼に抱きついて喜ぶ。

 しかしどんな美女に抱きつかれようとも顔色一つ変えないところが『冷血』とあだ名される彼のゆえんなのだろう。

 彼はリーサを強引に引き離すと、眉間にしわを寄せて彼女をたしなめた。

 

「国王様がおやすみ中だ。大きな声を出すな」

「うんっ! あはは! ありがとう! フリッツ!!」

「だから……大きな声を……」


 そう彼が言いかけた瞬間に、リーサは彼の頬に軽いキスをした。

 これにはさすがのフリッツも目を丸くする。

 だがリーサはそんな彼の異変に気を留めることなく、笑顔のまま走り去っていった。

 

「……まったく……これだから冒険者は嫌いなのだ」


 そうつぶやきながら彼女の背中を見つめるフリッツの横顔は、誰がどうみても『冒険者』そのものであったのだが、彼自身がそれに気付くことはなかったのだった――

 

◇◇


 翌日、昼前――

 

――バッ!!


 と、真紅のマントをはためかせたリーサは、二人の仲間を引き連れてギルドをあとにしようとしていた。

 

――リーサ! リーサ! リーサ!


 冒険者たちの『リーサコール』は鳴りやむことなく、ギルド内はさながら南国の真夏のような灼熱の空気に包まれている。

 

「では、姉さん、それにみんな。行ってくるわ!」

「くれぐれも無茶な真似はしないこと。いいわね」

「それは『規則』に従えってこと?」


 リーサが舌を出しながら姉のカタリーナに問いかけると、彼女は頬を膨らませた。


「もう! 姉をからかうんじゃありません!」

「あはは! ごめんなさい! じゃあ、そろそろ行くね!」


 と、リーサは手を振りながらギルドをあとにしていった。

 その様子をどこか浮かない顔でカタリーナは見つめていた。

 なぜなら彼女たちが臨むクエストの難易度があまりにも高いからだ。


――リーパー・リントヴルムの生態を調査するために、それを撃退ないしは卵を採取せよ。


 そこにはエルフの『エ』の字も含まれていないし、エルフたちを船の中に退避させることも許されていない。

 だが、このクエストを成功させることは、すなわちエルフたちの危機を救うのを意味しているのは言うまでもないだろう。

 そしてそれはリーパー・リントヴルムという人智を超えた怪物と真っ向勝負することでもある。

 しかし『真紅の戦乙女』リーサは微塵も恐怖など感じていなかった。

 むしろ興奮と希望に心の中は眩しく彩られていたのだった。


「失敗なんか恐れない! 誰が何と言おうが、わたしは挑戦するの! だって、その勇気は、みんなを笑顔にするんだから!」


 彼女のパーティーはこうして船に乗り込んでいったのだった――






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