なんで俺を『鈍感』にしたがるかね!?
◇◇
――カシャッ!
深夜の静寂に無機質なシャッター音が鳴り響いた瞬間――
「やったぁぁぁぁ!!」
と、クリスティナが喜びながら俺の周りを舞い始めた。
一方の俺は一つのことをやり遂げた安堵感に、がくりと肩の力が抜けてしまい、情けなくもその場にへたりこんでしまった。
「フィト! 完成ね! やっと完成したのね!」
「ああ、確かに完成だ。ありがとな。お前さんがいなかったらやれてねえよ」
率直な気持ちをクリスティナに伝えると、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
その仕草は年相応の少女らしくて可愛らしい。
そして俺が笑みを見せると、彼女はさながら太陽のような笑顔になった。
見ているだけで吸い込まれそうになる笑顔だ。
この世にはこんなにも美しくて、心ひかれるものがあるのだと思わせてくれるような彼女の姿に、俺はしばしの間じっと見つめていた。
空には大きな白い月。
一人のエルフが月の影となって舞うと、月の光に反射した彼女の羽がきらきらと宝石のようにきらめく。
ああ、なんて綺麗なんだ。
そして……。
「この笑顔だよ。俺はこの笑顔が見たかったんだ」
再び本音がぽろりと漏れると、彼女はぷくりと真っ赤な頬を膨らませた。
「もう、フィトったら! さっきから変なことばっかり! もっと喜んだらどうなの!?」
「ははは。すまねえ、すまねえ。これでも結構喜んでる方なんだぜ」
「とてもそうは見えないけど」
そう彼女が眉をひそめると、俺は「勘弁してくれや」と手をひらひら振った。
正直な話、ここ十年、俺は心から喜びを感じたことがなかった。
いや、生涯を通じても『ない』と断言してしまってもいいかもしれねえ。
しかしそれを口にしてしまっては、彼女に「つまらない人生だったのね……」と笑われてしまいそうで怖くて、胸にしまっておくと決めたのだった。
「さてと……じゃあ、今度はみんなのもとに戻らなくちゃなんねえな」
「ええ、そうね」
俺は緩んだ表情を引き締めると、彼女もまた口をきゅっと結んだ。
今俺たちがいるのは島の北東部だ。
洞窟とは対角に位置している。つまり、洞窟からもっとも離れた場所にいるわけだ。
さらに言えば、リーパー・リントヴルムとの壮絶な『鬼ごっこ』は未だに続けられており、朝になれば奴はこちらに向かって一直線に飛んでくるに違いない。
「そろそろここを引き払うぜ。だが、いつも通りだ。たき火で引きつけながらかく乱してやろうぜ」
「うんっ!」
「あと三日で洞窟の近くまで戻る。迎えの船は今から三日後の夜になったら到着するに違いない。そこが最後の勝負だぜ。気を引き締めていこうや」
「はいっ!」
クリスティナの明るい返事は、いつ聞いても希望が湧く。
彼女がいればなんだって上手くいく気がしてならねえ。
今夜ばかりはそんな風に浮かれていた。
だが……。
それは翌日の夜のことだった――
「おいおい! 待ってくれ! 迎えが出せねえってどういうことなんだよ!!?」
俺はタブレットの向こうにいるカタリーナを問い詰めていた。
すると彼女は悔しさに震える声で答えたのだった。
「『エクホルム島のエルフを船に乗せ、島を離れよ』というクエストは、出現モンスターのランク、およびモンスターとの遭遇可能性を加味したところ『Fランク冒険者のクエスト』と認定。しかし、クエスト受注希望者は現れませんでした……。それが全てです」
なお、冒険者たちは、自分の冒険者ランクに合った『クエストランク』しか受注ができないようになっている。
そして『クエストランク』とは、クエスト成功にあたっての難易度と報酬の大きさによって基準が定められており、自動的に決定されるのだ。
『エクホルム島のエルフを船に乗せ、島を離れよ』というクエストは何らかの理由で、『Fランク冒険者用』と認定された。
となると『Fランク冒険者』の中で名乗りあげる者がでなければ、クエストは実行されないということになる。
その『Fランク冒険者』のほとんどはルーキーで、残りは大けがなどの理由で長期間冒険ができない者。つまり俺のような『普通』の冒険者で『Fランク』というのは、例外中の例外だ。
つまりルーキーの中でこのクエストを受注する者が現れなければならないわけだが……。
「ルーキーを束ねる冒険者養成所から『ストップ』がかかった……というわけかい?」
「ええ……『リーパー・リントヴルムがからむ危険なクエストに、未来を担うルーキーを派遣するわけにはいかない』とのこと。しかし、冒険者養成委員長のフリッツがなんらかの圧力をかけたのだと思われます」
くっそ……。
確かに『Fランク』のルーキーにしちゃあ荷が重すぎるクエストに違いない。
彼らが無茶なクエストを受注しないようにサポートをしている冒険者養成所から、このクエストを受注しないように御達しがでるのも不自然ではないと思われる。
それでも多くの命がかかってるんだぜ……。
血も涙もねえじゃねえか……。
そして俺にはもう一つ疑問があった。
「ところで『死をもたらす龍』がからんだクエストがどうして『Fランク』なんだ!?」
「わたしたちはリーパー・リントヴルムの生態を明確に知りません。つまり、リーパー・リントヴルムはモンスターとして正式に認定できないと、王国の議会は決定いたしました」
「おいおい、やべえ奴だってのははっきりしてるんだろ!? なのに正式に認定されねえってどういうことだよ!?」
「議会の決定では、リーパー・リントヴルムと実際に対峙した冒険者がいないからとのことです」
「ちょっと待て! ならば俺はどうなんだよ! なんなら奴に向かって虚しい一撃を加えた経験だってあるんだぜ!」
「フィトさんはまだクエストの途中です。ギルドでクエストの報告をしなくては、リーパー・リントヴルムと正式に対峙したと認められないと思われます」
俺は思わず唇を噛んだ。
「それも『規則』ってやつかい……くそったれめ」
自分でも最低な男だと分かってはいるが、カタリーナに八つ当たりしてしまった。
俺もカタリーナたちも見通しが甘かったと言われてしまえばそれまでだが、あまりにも非情な決定に、怒りが抑えきれなかったのだ。
一方のカタリーナは俺の怒りを許容してくれた上で、落ち着いた声で続けた。
「こうなってはあと六日間。どうにか逃げ切るより他ございません」
「簡単に言ってくれるじゃねえか。今こうしてお前さんと話しているのだって奇跡に近けえのによぉ」
「わたしはフィトさんを信じております」
カタリーナの力強い口調に、ぐっと胸がしめつけられると、そこに巣食っていた怒りの感情が霧散していく。
俺は思わず口元に笑みを浮かべると、ため息まじりに答えた。
「その言葉はずるいぜ。そう言われちゃあ、頑張らねえわけにはいかねえじゃねえか」
「ふふ、私の好きなフィトさんなら、きっと大丈夫です」
「へんっ! 年ごろの若い女の子が、おっさん相手に『好き』とか使うんじゃねえよ。俺みたいに女に免疫のない奴は、勘違いしちまうからよ」
「ふふ、相変わらずフィトさんは『鈍感』なんですね」
「ばかやろう! だから『鈍感』だったら……」
「もう切りますね。では、ご無事をお祈りしております」
「ああ……絶対に生きて帰るからよ。ギルドの奴らにもよろしく伝えてくれや」
こうして地図を完成した喜びから一転して、振りだしに戻ってしまった。
まあ、もし俺たちが洞窟に籠りっぱなしで、今のようにリーパー・リントヴルムを引きつけてなければ、奴が洞窟へ向かっていたとも限らねえ。
今の状況も、ある意味では『幸運』とも言える。
俺はふっと肩の力を抜くと、ちらりと横にいたクリスティナを見た。
「まあ、そういうことだ。もう少し頑張ってみるか」
「……ええ、そうね」
素っ気ない彼女の返事に、思わず眉をひそめた。
「どうしたよ? なんか不機嫌そうだが。もうこうなっちまった以上は、覚悟決めて逃げ切るしかねえだろう?」
「それは別にいいの!」
「じゃあ、何が気に食わねえんだ?」
「……鈍感」
「はぁ!? カタリーナ嬢といい、お前さんといい、なんで俺を『鈍感』にしたがるかね!? もし俺が『鈍感』だったら……」
「もう、いい! 早く明日の準備をするわよ!」
ここでも話を途中で切られた俺は、首をかしげながら火を起こす準備にいそしんだのだった――
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