Fランクのおっさん冒険者は、こっそり地図を作る旅に出ようとした

◇◇


 『リーパー・リントヴルム』が出現してから三日目の夜――

 

「じゃあ、行ってくるわ」


 エルフたちの隠れ場所であるレヴェーン洞窟を出立する時を迎えたのだが、もちろん俺一人で王国へ戻るわけではない。

 

 それは昨晩のカタリーナから聞かされた策によるものだった。

 

――フィトさんが地図を完成させれば、すぐにクエストが発行できるようになります。クエストは『エルフの救出』。すでに民間である酒場の看板娘マリーさんの協力で、クエストの発行準備は整っております。あとはフィトさんが地図を完成させれば、すぐに船を出せるのです!


 だがそれを耳にした直後は、二つ返事で「はい、そうですか」というわけにはいかなかった。

 それもそのはずだろう。

 彼女は簡単に言ってくれるが、『地図づくり』は元々俺を『解雇』するためのクエストだったはずで、困難がともなうもの。

 しかもすぐ目の前に凶悪なドラゴンがいるのを知っていながら行うなんて、命知らずもいいところだ。


 別の方法を模索した方が確実だと話すと、彼女は軽い調子で言い放ったのだ。

 

――大丈夫です! 『死をもたらす龍』によって、島のモンスターはほとんど死滅しているはずですから!


 ……だとよ。

 思わず失笑がもれちまったのも、仕方ねえよな。

 

 ふと思えば、今回の件でカタリーナ嬢に対する印象が180度変わったな。

 まあ、心の片隅では「あいつは絶対に猫をかぶっている」と思ってはいたが……。

 こうも『情熱的な女』だとは思いもよらなかった。

 

 しかしまったく悪い気はしない。

 むしろこっちの彼女の方が、人間らしくてずっと魅力的だ。

 ただ一つどうしても分からないのは、彼女はなぜこんなにも俺とエルフたちの救出に前のめりなのかってことだ。

 

 まるで俺のことを家族と思っているような『愛』を感じるのは、大きな勘違いだろうか……。

 

 しかし唖然とするのはまだ早かった。

 彼女は、言葉を失っている俺に対して、なんと追い討ちをかけてきたのだった。

 

――ふふ、妹から聞きましたよ。『失敗なんか恐れちゃなんねえぞ』って言ったらしいじゃないですか。忘れたとは言わせませんよ。


 むむっ? 彼女とはかれこれ五年の付き合いだが、妹がいるなんて初耳だ。

 それにそんなこっ恥ずかしいことを言ったなんて、まったく記憶にない。

 できれば彼女の妹さんの記憶から『俺』という存在を消してやりたいところだ。

 なぜなら今の俺の姿を知ったら、絶対に幻滅するだろうから……。


 なにはともあれ、この道しか残されてねえなら進むより他はない。

 俺は決意あらたに『地図作り』を再開することを決めた。

 

――では、頑張ってください。みながフィトさんを応援してますから。

――おうよ! 頑張れよぉぉ!!


 最後の最後まで賑やかなまま、電話はぷつりと切れた。

 今まで俺を応援してくれたのは、酒場のマリーと大家のばあちゃんくらいなもんだ。

 こんなにも多くの人に声援を送ってもらえるなんて、もう二度とないんだろうな。

 そう考えると『絶対に成功してやるんだ』という強い決意が芽生えてくるから不思議なもんだ。

 

 ただ、三十歳にして初めて『仲間』の大切さが分かったのは、少しばかり遅すぎかもしれねえな。

 しかも明日は無事に生きていられるか分からない状況でだ。

 

――今まですまなかったな。そして、ありがとよ。帰ったら一杯おごらせてくれや。


 と、すっかり静かになったタブレットに向けて言ったのだった――

 

 そして、そうと決まれば、その夜のうちに出立してしまおうと考えたの自然なことだ。

 急いで準備を整えると、最後にポチをカーサに預けた。

 こんな危険な旅にポチを連れていけないし、この洞窟で過ごしていればみなが面倒を見てくれるからだ。


 寂しそうに俺を見つめるポチ。

 その潤んだ瞳に後ろ髪を引かれて足を一歩踏み出すのに躊躇してしまった。

 だが、どうにかふっ切って出立しようとした時だった……。

 

 もう一つ大きな問題がのしかかってきたのは……。

 

――絶対にわたしも一緒に行きますから!


 と、クリスティナが外に出て行こうとする俺の前に立ちはだかってきたのだ。

 明らかに先日までとは比べものにならないくらいに危険なので、彼女を連れていけるはずがない。

 

 長老のカーサと二人で必死に説得を試みたのだが、彼女は頑として言うことを聞かなかった。

 そして気付けば、空が白み始めてしまったのだ。

 

――分かった。降参だ。今日の夜に出立するから、それまでゆっくりと休んでいてくれ。


 と、ついに俺の方から折れて、彼女も行動をともにすることにしたのだった。

 

 

 そして今……。

 カーサと見送りにきてくれた数人のエルフたちに挨拶をすますと、こっそりと出ていこうとしていた。


 洞窟の奥ではクリスティナがすやすやと寝ているはずだ。

 なぜなら彼女には出立の時間を1時間も遅く伝えてあるのだから。

 ぎりぎりまで寝て体力を温存しておくように指示してあるし、俺の意向を理解してくれた人々が彼女を起こす役目を担っているのだから、彼女が自分で起きてくることはないだろう。


「じゃあ、クリスティナのこと。くれぐれも頼むわ」

「かかか。わしが何年、あやつの面倒を見てきたと思うておるのじゃ」


 俺はカーサに手をひらひらと振りながら、人々に背を向けた。


「どんなに怖くたって、苦しくたって、最後の最後に『笑顔』でいられたなら、それでいいんだよ。俺が必ずみんなの『笑顔』を作ってやる。だから希望を捨てずに、ちょっとだけ待っていてくれ」


 そう言い残して出ていこうとした。


 ……その時だった。


――ブウウウウン!!


 というけたたましい羽音がしたかと思うと、ドンっと背中に強い衝撃が走ったのだ。


「ぐげっ!」


 思わずカエルが潰れたような声が漏れると、急いで振り返った。

 するとそこには頬をぷくりと膨らませたクリスティナの姿があったのだった。


「黙っていこうとするなんてずるいじゃない! そんなやり方で助かったって嬉しくなんてない! わたしはあなたと一緒に行きたいの! ずっと一緒じゃなきゃいやなの!」

「おいおい! 声がでかい! ドラゴンに気づかれたらどうするんだ!?」


 俺が慌てて彼女の口に手を当てようとしたが、彼女は止まらなかった。


「わたしにも手伝わせて! 絶対に足手まといになんてならないから! お願いだから!」


 瞳いっぱいに涙を浮かべながら頼み込む彼女。

 すごく必死で、そして胸に秘めた情熱を爆発させている。

 そんな彼女の様子を見て、俺は大切ななにかを思い出した気がした。

 

 十年前の俺にそっくりじゃねえか……。


 恐怖も、ハンデも、絶望も、そして未来さえも頭の片隅にすら存在しない。

 あるのはただ、『今』を必死に生きること。

 そのために全力を尽くし、勇気を振り絞って前に進むこと。


 いつからだろうか。

 そんな『若さ』を忘れちまったのは……。

 

 彼女の燃える瞳は、俺の心の奥底をえぐってくる。

 すると……。

 自然と口をついて出てきたのは、混じり気のない純粋な気持ちだった。


「すまなかったな。本当はお前さんの力を借りたい。危険な旅になるが、それでもよければ一緒に来てくれ」


 そう言い終えた直後に、クリスティナの顔がくしゃくしゃと歪む。

 そして……。


――ブワッ!


 その瞳から涙が堰を切ったように流れ出した。

 彼女は泣きじゃくりながら、それでも必死に声を振り絞る。


「ううっ、ひっく。ありがとう……ありがとう」


 そんな彼女に手ぬぐいを差し出しながら、横を向いて告げた。


「悪かったな。もう泣くな。俺は女の涙に慣れてねえんだよ」

「ううっ……だってぇ……」


 こうしてFランクのおっさん冒険者と美少女エルフは、地図を作る旅を再開したのだった――




 

 

 

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