「よく聞いてください」という出だし

◇◇


 この世界に『リーパー・リントヴルム』が出現してから二日目の夜――

 結局、昼間中起きていた俺は、採取をエルフたちにお願いして、うとうとと仮眠をとっていた。


 俺は「そんなもんいらねえ」と言い張ったんだが、目の下に大きなクマを見つけたクリスティナが、「いいからちょっとは寝なさい」と言ってきかなかったのだ。


 彼女の旦那になる男は絶対に尻に敷かれるに違いないな……。


 だか俺だってそう簡単に折れるわけにはいかない。

 そう考えていたところに、他のエルフたちも「あとは私たちに任せてください」と気遣ってくれたため、こうして一時の安息を取ることにしたというわけである。

 

 ちなみにこの日の昼間は、あわれにもサラマンダーの群れがドラゴンの餌食になったようで、ドラゴンの気配は彼らの生息する森の方に一日中あった。

 そのため、こちらの方にドラゴンが接近する雰囲気はなかったのだった。

 こればかりは天運に任せるより他ないが、このままあと二日間、何もないことを願っている。

 

 そしてほんの短い間、深い眠りに入った頃だった。


――ブルルルルッ!


 と、ギルドから電話がかかってきたことを示すように、タブレットが振動したのだ。

 なお、昨日のうちに『受信音』は『振動』に替えられることが判明したため、切り替えておいたのだった。

 

「もしもし? フィトさんですか?」

「ああ、俺だ。どうした?」

「よく聞いてください」


 またこの出だしか……。

 『死をもたらす龍』の情報以上に、絶望をまねくものはないだろうに……。


「ああ、耳をかっぽじって聞いているから安心してくれ」


 眠い目をこすりながら答えると、受話器の向こうのカタリーナは淡々とした口調で続けた。

 

「王国はフィトさんの救出を決定いたしました」

「ほう。そいつはありがてえ」


 なんだよ、『ドッキリ』ってやつか。まったく、カタリーナ嬢も人が悪いぜ。

 ……と、そんな都合がいい話だけなら、さっきの出だしはしないわな。

 

「しかし一つ問題がございます」

「……やっぱりそうきたか。んで、その問題とやらはなんだい?」

「はい……フィトさんの救出の許可は下りたのですが、エルフたちの救出は見送られました。よってフィトさんを迎えにいく船は、高速の小型船にせよと、執政官長のフリッツ様から命令がくだされました」

「そうかい……」


 実は彼女から告げられたことを、前もって予感していたため、落胆や憤慨は小さくすんだ。


 なぜなら『人間』にとって『エルフ』は他種族であり、まだ同盟関係にはないと分かっていたからだ。

 ましてや『エルフ』は高い知能を持っており、姿形も人間と瓜二つなため、彼らの地位をどう扱うか、国の政治を預かる者たちならば慎重に考えねばならないはずだ。

 もしやましい心を持つ者が、エルフに近付けば彼らを『奴隷化』するとも考えられなくもない。

 そうなっては、せっかくここで命を助けてあげたところで、彼らを待っているのは『地獄』となってしまいかねないのだから……。

 

「フィトさん。いかがしますか? フィトさんだけ帰還いたしますか?」


 そんなこと……。

 迷うはずねえだろ。

 

「いや、それはできねえ。エルフたちと一緒じゃなければ、俺はここを離れるつもりはねえよ」


 いつのまにか隣にいたクリスティナが、目を大きく見開いて俺を見つめている。

 

「だめ……フィトだけでも戻らなきゃだめよ……」


 彼女は唖然とした顔で口を開いた。

 すでに瞳からは大粒の涙がぽろぽろと落ちている。

 俺は微かに笑みを浮かべて、彼女の頭を優しくなでた。

 

「ありがとな。でも、一度腹に決めたことを覆すなんて器用な真似はできねえんだ」

「ダメ……だよ……ううっ……」


 ついに泣きだしてしまった彼女の頭にそっと手拭いをかけた俺は、カタリーナに話しかけた。


「他になにか手立てはないのかい?」


 すると「くすっ」とわずかな笑い声が受話器から漏れてきた。

 それは俺が初めて聞いた、カタリーナの笑い声だった。

 

「おいおい、こんなシリアスなシーンで笑う奴があるか? ったく、これだから最近の若者は……」

「ごめんなさい。不謹慎でしたね。でも、あまりにも私たちの予想通りの答えでしたので、思わず笑ってしまったのです」

「私たち? それって……」


 ……と、次の瞬間だった――

 

――フィトォォォ!! お前さんがいねえと、何か物足りねえんだよ!

――フィトさん! 元気な姿を見せてくださいよぉ!

――フィト!

――フィトさん!!


 なんとカタリーナの背後から大勢の冒険者たちの声が響いてきたのである。

 どれも一度は耳にしたことがある声ばかり。

 どんなに親しみをこめて話しかけられても、俺が生返事であしらい続けた人々だ。

 

「なんでだ……? 俺はてめえらに冷たくしてたじゃねえか……」

「ふふ、フィトさんって本当に『鈍感』なんですね」

「なんだよ、急に……。俺が鈍感だったら、十年も冒険者として生き延びられなかったってんだ」


 と、俺が漏らした直後だった。

 

――俺はフィトさんの真横を通り過ぎた時に、『危険なニオイがするから気をつけろ』って教えてもらえたから、モンスターの奇襲にあわずにすんだのですよ!


――俺なんか、ケガして森で休んでいたら、フィトさんから回復薬もらったんだぜ! そのお礼をさせてくれねえんだもんなぁ!


――みんなフィトさんが採取している姿を見れば、『今日も無事に帰れる』って安心してたんです! だって、いざとなればいつもフィトさんが抱えてギルドまで運んでくれたじゃないですか!


 そんなことをいちいち覚えている訳などない。

 だがよぉ……。

 

 危険に気づいていない相手に、『アブねえから気をつけろ』と声をかけるのは当たり前じゃねえか。

 

 ケガしてる相手に、滅多に使わねえ治療薬を与えるなんて、たいしたことないじゃねえか。

 

 ふらふらして立っているのもやっとな相手に肩を貸してあげてギルドに戻るなんて、普通じゃねえか。

 

 なのになんでこいつらは、『落ちこぼれのおっさん』に、こんなにも暖かい声援を送ってくれるんだよ。

 

 

――フィトさん! みんなフィトさんが好きなんすよ! だから、絶対に生きて帰ってきてくださいよぉ!

 

 

 なんなんだよ……。こいつら……。

 俺を泣かせて、どうするつもりなんだよ――

 

 溢れ出てくる涙を拭きながら、口調だけはいつも通りにして言った。

 

「おいっ! てめえら! 今さら感謝されても、なんて反応すればいいんだよ!? 俺がそっちにいる間に酒の一つでもおごりながら感謝しやがれってんだ!」


――あはははっ!!


 受話器の向こう側がどっと湧きあがる。

 気付けば隣で俺の手をしっかりと握っているクリスティナもまた、『笑顔』になっていた。

 

 そうかよ……。

 やっぱり基本は『笑顔』ってことだな。

 

「みんなありがとな」

 

 そう感謝の言葉を口にしたところで、カタリーナがゆっくりと話し始めたのだった。

 

「では、フィトさんとエルフたちが同時に危機を脱するための策を、今から言います」

「ああ、よろしく頼むぜ」


 そしてカタリーナは力強く言った。

 

「よく聞いてください」


 と――


 その出だし……。

 今回ばかりは『絶望』じゃなくて『希望』しか感じられないから不思議なもんだ――


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