どんなに絶望的な状況でも、ひとつくらい『希望』が残されてるってもんだ


「ほう、貴様、自分が何をしているか分かっているのか」

「ふふ、私の姿を見て、ぼけが始まってしまったような年齢に見えましたの?」


 リーサとフリッツの二人が火花を散らす。王国内では『英傑』と言っても過言ではない者同士の睨み合いに、周囲は騒然としていた。

 すると強い決意を顔に映したカタリーナが、部屋から出てきてフリッツに大きな声をかけた。

 

「フリッツ様も、フィトが送ってきたエルフたちの画像はご覧になられているかと思います。彼らはみな笑顔です。非常に友好的な種族であり、『人間』の良き友人として永らく繁栄をともにできるでしょう! ならば今、彼らを助けずして、今後胸を張って友人と語れましょうか!?」


 いつにないカタリーナの熱のこもった発言に、ギルド内はしんと静まり返った。

 だが、フリッツは彼女の方へ振り返ることもなく鼻で笑った。

 

「ふふ、何を言い出すかと思えば、『良き友人』だと? カタリーナ・ルーベンソンは、規則を重んじる優秀な人間と聞いていたが、とんだ大間違いだったようだな」

「なんですって? 姉さんを侮辱したら、ただじゃおかないわよ」


 リーサがぐいっと詰め寄る。

 しかしフリッツはたじろぐ様子を微塵も見せずに「これだからイノシシは困る」と小声でつぶやいた。

 そしてギルド中に聞こえるような大きな声で告げたのだった。

 

「我が国とエルフは、正式に同盟関係はない。さらに言えば、代表者による救援要請もない。つまり彼らを救援する『義務』は我が国にない。これは『規則』だ」

「規則……」


 カタリーナは『規則』という言葉を耳にした直後に、体が硬直してしまった。

 なぜならその言葉は、彼女が生活をしていく上で、なによりもよりどころにしていたものだったからだ。

 だが今、彼女が望むものを阻む『障害』となってしまっていることに愕然としてしまったのである。

 フリッツは続けた。


「同盟を締結し、その上で救援要請を受理。そして国王様の決裁が下りれば、救援活動を行おうではないか」


 その回答にリーサが反応した。

 

「あんた馬鹿なの? 同盟締結も救援要請も、今のエルフたちができる訳ないじゃない! みんなあの島で恐怖に震えているのだから!」

「ならば仕方ないな。我々ができることは、彼らの無事を祈るだけだ」

「てめぇぇぇ!!」


――ガッ!!


 フリッツの冷酷な調子に、ついに逆上したリーサは、彼の胸ぐらを荒々しく掴んだ。

 ギルド内の全員が固唾を飲んで様子を見守る中、彼女の姉であるカタリーナだけは顔を真っ青にして叫んだ。


「リーサ! やめなさい!!」


 姉の命令にリーサは、悔しそうに唇を噛みながらぱっと手を離した。

 フリッツは乱れた服装を整えると、先ほどと変わらぬ冷たい目つきでリーサを見ながら、無言で彼女を通り過ぎていく。


「くっ……冷血の死神め……」


 リーサは吐き捨てるように彼のあだ名を口にしたが、フリッツは無表情のまま進んでいった。

 そして彼がいよいよギルドを出て行こうとした時だった……。

 

「最後に一つだけお聞かせくだせえ」


 と、太い声が彼の背中に浴びせられたのだ。

 それはリーサと同じパーティーの一人、デニスであった。

 

「もし、エクホルム島の地図が完成すれば『クエスト』が発行可能となるんでしたよねぇ?」

「……それはまだ機密事項だったはずだが……まあ、よい。その通りだ。『地図』が完成した時点からクエストは発行可能だ」

「へへっ。そいつはありがてえ。ちなみに『クエストは民間で発行、決裁はギルド長』が『規則』でしたよね?」

「だからそれがどうした!?」

「いいんでしたよねぇ!? きちんと答えてくださいよ」


 しびれを切らしたフリッツに対して、デニスが粘り気のある声で念を押す。

 フリッツは、はぁと肩を落とすと吐き出すように答えた。 


「……ああ、その通りだ。いちいち無数あるクエストの内容まで王国が管理できん」

「へへっ。ありがとうございます」


 デニスがフリッツの背中に向けて頭を下げると、フリッツは足早にギルドを去っていったのだった――


 

 フリッツがいなくなった後も、重い空気がギルド内にはただよったままだ。

 そんな中なおも頭を下げ続けているデニスにリーサが怪訝そうに問いかけた。

 

「ちょっと、デニス。なんであんなことを聞いたのよ?」

「へへっ。おいらクエスト中に大けがして、もうダメだって時に、違うパーティーにいたフィトさんに助けられたんだ」

「はぁ? 今はそんなことを……」

「そん時に『どんなに絶望的な状況でも、ひとつくらい『希望』が残されているもんだ。でなければつまらねえ世の中になっちまうだろ』ってフィトさんに教わったのさ」


 その言葉にカタリーナとリーサは顔を合わせ目を見開いた。

 

「まさか……デニスさんは……」


 驚愕に言葉が続かないカタリーナに対して、デニスは口角を上げながら言ったのだった。

 

「くくっ。もしフィトさんが『地図』を完成させられれば、その時点で『島にいるエルフを救い出せ』ってクエストが発行できるっちゅうことだ」


「そのクエストを、わたし……『真紅の戦乙女』のパーティーが受注したなら!」


 そうリーサが明るい声で言うと、カタリーナが喜びに飛び跳ねた。


「やっぱりこの世にも『希望』はあったわ!!」


 と――


 


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