パーティーっていいもんだな
◇◇
エルフのクリスティナがパーティー加わった――
パーティーを組んだのは、かれこれ八年ぶりだが、そもそも『冒険者』ではない彼女はパーティーの一人とカウントされるのだろうか……。
そんなことはどうでもいい。
今まで『ぼっち』でクエストをこなしてきた俺が、誰かと行動を共にしているということは、俺にとっては一大事なのだから……。
しかも相手は『女性』。さらに『エルフ』であり『美少女』だ。
あまりに現実味のない状況に、俺はどうしていいのか分からず、前を行く彼女の背中をただ追い続けていた。
すると、くるりと振り返った彼女は冷ややかな目を向けて問いかけてきた。
「ところで、写真を撮らなくていいの?」
「あ、ああ。そうだったな」
「ちょっと! なんでわたしを撮ろうとするのよ! 地図を作るのに必要な場所を撮りなさいよ!」
彼女の鋭い口調に、ようやく我に返った俺は、周辺の景色を写真に収める。
するとタブレットの画面に表示された地図が少しずつ広がっていくのが分かると、心が少しだけ踊る。
しかし彼女は冷ややかな口調のままだった。
「じゃあ、先を行くわよ」
「ああ、頼む」
再び俺に背を向けると、無言で先を行く。
俺もまた、何を話しかけることもなく、黙って彼女の背中を追っていった。
こうして、おおよそパーティーとは言えないぎこちない関係のまま、地図は少しずつ出来あがっていったのだった。
◇◇
その日の夜――
エルフの村から離れた場所まできた俺たちは、適当な場所で一夜を過ごすことにした。
幸いなことに、周辺には木の実などの食料が豊富で、採取と自炊だけは得意な俺が彼女の分の料理もまかなった。
それでも彼女は俺に心を許すことなく、俺から少し離れたところで腰をかけて、眠そうにうとうとしている。
しかし完全に横にならないのは、どうやら俺が寝付くのを待っているからのようだ。
なんの心配をしているのやら……。
そう心の中でつぶやきながら、俺はタブレットの電源を入れた。
画面に完成した分の地図が表示されると、思わず笑みがこぼれた。
なんと今日だけで島の南側の大部分の地図が完成したのだ。
土地勘のある仲間がいると、道に迷わず、そして危険を回避できて助かる。
さらに嬉しいことに、エルフが行動しているエリアにはモンスターは生息していないらしいと、彼女がぶっきらぼうに教えてくれていた。
となると、このまま島にはモンスターが存在しない可能性も出てきたのだ。
「こいつはもしかすると、地図を完成させられるかもしれねえな」
ぼそりとつぶやくと、クリスティナがきりっと険しい顔を俺に向けてきた。
「何を言ってるの!? 完成させるに決まってるでしょ!」
思わぬ彼女の強い語調に目を丸くした。
彼女の澄んだ瞳からは、『成功』を疑わぬ強い決意が見られる。
そうか……。
彼女は知るはずもないのだ。
俺が『落ちこぼれのフィト』と呼ばれていることを。
そしてこの島に着く前から、『失敗』するものと決めつけていたことを。
俺は肩の力を抜いて、手をひらひらと上げた。
「弱気なこと言っちまって、すまなかったな。ああ、必ず完成させようぜ」
「もう……なんなのよ」
彼女はむくれ顔のまま、再び黙った。
焚き火がバチバチと音を立てている。
それが耳にしっかり入ってくるほどに、二人の間には沈黙が流れていた。
ふと、俺は一つ気になっていたことを問いかけた。
「そう言えば、なんでお前さんは村の外に出るのが好きだったんだい?」
クリスティナがじろりと俺の顔に目を向ける。
「そんなことを聞いてどうするの?」
「いや、どうしようもねえけどさ。単に興味があっただけだ。言いたくねえなら、無理して言う必要はねえよ」
俺は再び手をひらひらとさせると口を閉ざした。
しばらく静かな時が流れる。
そして、そろそろ横になろうと考えた時だった。
「……探したいの……」
と、彼女がぼそりとつぶやいたのだ。
俺はぱっと顔を上げると、うつむいている彼女に問いかけた。
「何を探してるんだ? 宝物かなにかか?」
彼女はブンブンと首を横に振った。
「じゃあ、人かい? 誰かを探しているのかい?」
すると彼女はうつむいたまま、動かなくなってしまった。
この反応からして、誰かを探していることは間違いなさそうだ。
……と、カイサと初めて出会った時の、彼女との会話を思い出したのだった。
「まさか……それって、お前さんの親父さんのことかい?」
確か『無鉄砲』とか言われていたような気がする。
もしかしたらその無鉄砲の彼女の父親は、村を出てそのまま帰ってきていないのではないか。
そんな予感が頭をよぎったのだ。
すると彼女は怒ったような険しい表情で俺を睨みつけると、声を荒げた。
「うるさい! そんなのあなたに関係ないでしょ! もう寝る!」
ついに彼女は俺に背を向けて横になってしまった。
どうやら父親のことに触れるのは『地雷』なようだな。
「あれこれ詮索してすまなかったな」
と、つぶやくと、俺もまた彼女に背を向けて横になったのだった。
◇◇
翌日からも俺たちの地図づくりは順調そのものだった。
相変わらず二人の関係はぎくしゃくしたままではあったが、それでも日を追うごとに少しずつは打ち解けてきた気がする。
日々の挨拶からはじまり、天気のこと、島のこと、そして村の人々のこと……。
本当にちょっとずつ、彼女は俺と会話をしてくれるようになってきたのだ。
もちろん俺もまた、自分のことを話すようにした。
ただ『落ちこぼれのフィト』と呼ばれているのは、隠し通していたが……。
しかし相変わらず彼女の『笑顔』を見るのはかなわなかった。
ギルドの受付嬢カタリーナもそうだが、気を許せない男には笑顔を見せたくないのだろうか。
まあ、他人を笑わせるような『芸』も持ち合わせていないし、自然と会話ができるようになっただけでも喜ばなくちゃな。
そう割り切って、今日も前を行く彼女の背中を追っていく。
気付けばタブレットの画面のおよそ半分は地図で埋まった。
となると、残り半分ということだ。
「ありがとな。恩にきるぜ」
自然と彼女の背中に向かって感謝の言葉が出る。
すると彼女は振り返ることなく答えた。
「別にお礼なんか……まあ、嬉しいけど」
顔を覗くことはできないが、真っ赤にさせてはにかんでいるのは、口調から明らかだ。
俺は口元に笑みを浮かべて、会話を切った。
なんだか冒険者になって初めてパーティーを作ったような気持ちだ。
連日かなりの距離を歩き通したため疲労はピークに達している。
しかし、その足取りは不思議と軽くなっていったのだった――
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