戦うより逃げる方が得意なんだ

◇◇


 ちょうど地図の半分を作り終えると、少しだけペースが落ちてきた。

 なぜなら既にエルフの行動エリアの外に出たからだ。

 そうなると手探りで進んでいくしかない。

 それでも『無鉄砲』なクリスティナは、周囲を警戒もせずに、ずんずんと前をいくのだから大した肝っ玉だと感心させられる。


 しかしそんな彼女にもどうしようもなこともあるわけで……。

 

「また壁なのぉ!? もうっ! 全然先に進めないじゃない!」


 進んだ先々で、見上げるような断崖絶壁が立ちはだかるようになってきたのだ。

 もっとも、彼女だけなら背中の羽を思いっきりはばたかせれば、天までそびえ立っているような壁も乗り越えられるかもしれない。

 しかし、普通の『人間』である俺には登ることはおろか、見上げるのも一苦労だ。

 

「むむぅ。仕方ないわね! 壁沿いに進みましょ!」

「ああ、そうしよう」


 と、彼女は足手まといの俺に恨み節をぶつけずに、先を進む方へと頭を切りかえている。

 これが彼女なりの優しさなのかもしれないな。

 だがそんなことを口に出そうものなら、どんな罵声を浴びせられるか知ったものではない。

 俺は感謝の言葉も含めて、胸にしまいながら彼女を追いかけていったのだった。

 

 

 そして、しばらく壁沿いに進んだ頃――

 今度は目の前に大きな森に当たったのだ。

 木々が所せましと生えており、エルフの村がある森よりも視界が狭いのは確かだろう。

 採取ばかりをして小型モンスターの動きさえも気を払ってきたからこそ分かる、『危険なにおい』が鼻をついてくる。

 そこでクリスティナに懸念を話した。

 

「さあ、どうしようかねえ。この森は隠れる場所が多そうだから、モンスターに襲撃されたらたまったもんじゃねえぜ」

「ふんっ! だったらここまで来たのに引き返せって言うつもり!? そんなのイヤ!」


 予想通りの返しだ。こうなっては前に進むより他ない。

 すぐ取り出せる位置に短弓と短剣があるかを確認した後、早くも森のすぐ手前まで飛んでいったクリスティナを追っていったのだった。

 

◇◇


 地図の中でシンボルとなる場所には、固有の名前がつけられるのが一般的だ。

 森の写真をタブレットに収めると、地図上にはすぐに森の名がつけられた。

 

「ヘレニウスの森……か……」

「ヘレニウスの森? そんな名前、初めて聞いたわ」

「ああ、そりゃそうだろ。たった今つけられたんだからな」

「ふーん、変なの」


 確かに彼女の言う通りに「変だな」とは思うが、それに頭を巡らせている余裕はなかった。

 なぜならうっそうとした森の中で、すぐにでも襲われそうな気がしてならなかったからだ。

 

 ちなみに『逃げる』という行為は、スタートが肝心だというのは、今までの経験で学んだことだ。

 相手が加速をつけて襲いかかってくる前に、どれだけ距離を開けられたかが、逃亡成功のポイントだからだ。

 もっと言えば、相手に気付かれる前に逃げてしまうのが、最も効率がいい。

 

 そうやって十年もの長い間、ろくに戦える武器もないにも関わらず、冒険者を続けてきた。

 

 そんな俺にとって『視界』は『逃げ足』と同じくらい大切な『武器』だ。

 その『視界』がまったく効かないこの場所は、まさに片手落ちで戦いに挑むようなものだった。

 

「ちょっと! なによ、さっきから怖い顔して!」


 前を行くクリスティナにも俺のただならぬ雰囲気が伝わったのだろう。

 彼女は振り返るなり文句をつけてきた。

 俺は警戒を解かずに、口元だけを緩めて答えた。

 

「すまねえな。初めての場所ってのは、どうもびびっちまうもんなのさ」

「まったく、男らしくないわね。まあいいわ。わたしも暗い場所は得意じゃないから、少しペースをあげて、早くこんなところを抜けちゃいましょ!」


 彼女のはばたく音が少し大きくなる。

 前に進むペースが早くなれば、俺の足音も自然と大きくなってしまうのは仕方ないことだ。

 

 警戒しながらゆっくり進めば、これらの音は小さくすむが、危険から早く抜けるためにスピードを上げればこうして音が大きくなる。

 

 探索はこのバランスが非常に重要なのだが、前を行く彼女にはその辺りの感覚は持ち合わせていないのだろう。

 こうなれば今俺にできるのは、引き続き警戒を強めていくことと、「モンスターが出てきませんように!」と祈るより他ない。

 

 しかし……。

 どんなに落ちこぼれでも、冒険者の『勘』は鈍っていなかったらしい。

 いや、むしろ落ちこぼれだからこそ、鋭い勘が働いたのかもしれない。

 

――ドドッ! ドドッ! ドドッ!


 と、複数の足音が俺たちの進む方角と並行して聞こえてきたのだ。

 

「ぐるるぅ!」


 これまで大人しくついてきたポチが低い唸り声をあげている。

 

 間違いない。

 なにものかが俺たちを付け狙っている……!

 

 そう確信した瞬間に、前を進むクリスティナに向かって叫んだ。

 

「全速力だ!! 逃げろ!!」

「えっ!?」


 彼女は俺の声に弾かれるようにして、一瞬だけ振り返った。

 しかし俺の鬼気迫る表情を目にして、冗談ではないとさとったのだろう。

 

――ブウウウン!!


 と、高速で羽を動かすと、ギュンッと高速で飛んでいった。

 

「よしっ……ポチ。しっかりついてこいよ」

「ぴいっ!」


 ちなみにポチの逃げ足の速さは、俺よりも速いのは知っている。

 なので遠慮なく、全速力で逃げることにした。

 

――ドンッ!!


 力いっぱい地面を蹴ると、前を行くクリスティナの背中にすぐに追いつく。

 

「はやっ!」

「驚いている場合じゃねえぞ! そんなたいそうな羽を持っていながら、もっと速く飛べねえのか!」

「むむぅ! 馬鹿にしてぇ!! 置いてけぼりになっても、泣かないでよね!」


――ギュウウン!!


 彼女の羽が高音を立てると、まるで疾風のように彼女の背中が小さくなっていった。

 

「ふん、やればできるじゃねえか。では俺も本気だすとするか」


 さらに足に力をこめると、再びクリスティナに追いつく。

 彼女は真横にきた俺の姿に目を丸くしたが、すぐに険しい顔つきに戻って俺を引き離そうと必死になった。

 

「それでいい」


 俺がそうつぶやいたその時だった。

 

「ぴぴぃっ!」


 とポチがけたたましく鳴いたかと思うと、すぐ横の茂みから一体のモンスターが飛びかかってきたのである。

 

「きゃあっ!」


 クリスティナが短い悲鳴を上げる。

 どうやら襲ってきたモンスターは群れで行動するタイプなのだろう。

 何体かで俺たちを追いたてて、待ち伏せしているやつが横から襲いかかる。

 言わば『常套手段』だ。

 

 だが……。

 

「だてに十年も『逃げ』ばかりしてきてねえんだよ」


 これも想定の範疇(はんちゅう)であった。

 素早く短弓を取り出すと、クリスティナへ一直線に飛びかかってくるモンスターの影に向かって矢を放った。

 

――ドスッ!


 と、矢が刺さる鈍い音が聞こえたかと思うと、同時にモンスターの悲鳴も聞こえてくる。

 

「ギャオッ!!」


 幸いなことにモンスターの喉に命中したようだ。

 モンスターは地面に倒れると、ピクリとも動かなくなった。

 

「なるほど、サラマンダーの亜種だな」


 サラマンダーとはトカゲの形をしたモンスターの一種で、通常種は火山などの『火』のある場所に生息している。

 こんなひんやりとした森の中で暮らしているのは初めて見たが、姿形からいってサラマンダーであるのは間違いないだろう。

 

 であれば足はさほど速くない。

 集団で待ち構えてこない限りは、短弓で確実に仕留めていけば問題なく切り抜けられるはずだ。

 

 そうふんだ俺は、顔を青くしたままのクリスティナに声をかけた。

 

「なにも考えずに前を進め! 俺が絶対にお前さんを逃がしてやるから!」


 彼女は恐怖のあまりに茫然とした瞳で俺を見てくる。

 俺はどうにか彼女を安心させようと、口元にかすかな笑みを浮かべた。

 

「心配するなって。こう見えても、俺は戦うより逃げる方が得意なんだからよ」


 すると次の瞬間だった――

 

――くすっ……。


 なんと彼女がわずかに笑い声を漏らしたのだ。

 

「変なの」


 そうつぶやいた彼女の顔は、元の凛々しいものに戻っている。

 俺は安心して彼女に声をかけた。

 

「やっぱり女の子には、笑顔が一番似合うってもんだ」

「なにそれ?」

「なんでもねえよ。さあ、そろそろ口を閉じて前だけ向こうぜ」

「言われなくても分かってるわよ!」


 彼女の調子が戻ったところで、再び周囲の警戒を強める。

 しかし先ほど待ち伏せしていたモンスターの他には、気配を感じていなかった。

 それは隣を並走しているポチも同じようで、可愛らしい瞳で俺の顔を見上げている。

 

 そうして森を抜ける手前までくれば、周囲から『危険なニオイ』はすっかり消え去っていたのだった――

 



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