飲み会は苦手なんだが、そんなことを口にはできなかった

◇◇


 エルフの村『エンフェルド』は、一言で言い表せば『のどかな村』だ。

 彼らの家は全て木々で作られ、あちこちに畑もある。

 家畜こそ見当たらないが、背丈と同じくらいの大きなウサギを狩って帰ってきた男たちの姿も見えた。

 自給自足の生活をし、みなで助けあって生きている。

 

「平和だなぁ」


 と、思わずつぶやいてしまった。

 

 意外と広い村の中をゆっくりと歩いていく。

 すると先に入った長老カイサのおかげもあったのだろうが、人々はとても丁寧に俺とポチを迎え入れてくれた。

 単に見知らぬ相手というだけではなく、異なる種族であるにも関わらず、どうして笑顔を向けられるのだろうか……。

 にわかに信じられずカイサに問いかけると、彼女は目を丸くして答えたのだった。

 

「客人を笑顔で迎え入れるのは当たり前じゃろう? 『人間』は違うというのかい?」


 俺は答えにつまずいてしまった。

 

 彼らの笑顔は、彼らの先祖から受け継がれた習慣なのだろう。

 もし全ての人間が、彼らと同じように見知らぬ相手に敬意を払い、屈託のない笑顔を向けられたなら、世の中からもっと戦争がなくなったのかもしれないな。

 

 ……と言っても、ギルドのはみ出し者である俺が言えた口ではないが……。

 

 そんな風に彼らに感心しつつ、己の身を恥じているうちに、カイサの屋敷に到着した。

 もちろん屋敷も彼らのサイズであり、ポチはまだしも、俺がすんなりと入れるようなものではない。

 そこで屋敷の前にある庭で、腰を落ち着かせて話をすることにしたのだった。

 

◇◇


「ふむ……なるほど。ではフィト殿が『地図』を作れば、人間の冒険者たちがこの島を探検できるようになるということですな」


 この島にやってきた経緯を話すと、カイサは腕を組んで難しい顔をした。

 恐らく彼女は、クリスティナが俺に抱いたのと同じ疑念を抱いていることだろう。

 つまり、多くの人間がこの島にやって来られるようになれば、自分たちの生活が脅かされてしまうのではないか、ということだ。

 

 だが残念なことに、この島の存在が王国に発見されてしまった限り、もし俺がここを立ち去っても、また別の者が地図づくりに挑まされるだろう。

 その者に『やましい心』があり、この村を発見するやいなや襲撃を始めるとも限らない。

 そこで俺は自分の考えを口にした。

 

「王国には、『エルフたちは敵ではないから、彼らの生活を脅かさないように徹底してほしい』とお願いするつもりだ。だから安心して欲しい」


 口ではなんとでも言えるし、王国が俺の要求をすんなり飲む保証もない。

 しかし今は、まごころを込めてカイサに頭を下げるより他なかった。

 するとしばらく考え込んでいた彼女は、ニコリと微笑むと明るい声を上げた。

 

「まあ、見つかってしまったものはしょうがないじゃろう! 早かれ遅かれ、いつかは『人間』と交流せねばならんかったのだ。それでも、お主のような『いい人間』に発見されたのは、幸運じゃったのう! かかか!」


 前向きな彼女の言葉に、心配そうに場を見つめていた村人たちからも笑みが漏れた。

 そして長老であるカイサが心を許したことは、村全体が俺の存在を許してくれたことを意味していたも同然だ。

 それを示すように、村人たちは誰に指示されることもなく、客人を歓待する準備を始めたのだった。

 

◇◇


 その日の夜。村では盛大に俺を歓迎する宴が催された。

 初めて『人間』を村に入れたのは、彼らにとっては歴史的なできごとだったようだ。

 まるで国賓を迎え入れるたかのような豪勢な食事の数々に、俺は目を丸くしてしまった。


「では乾杯しようかのう!」


ーーワァッ!


 カイサの号令で全員が手にしたジョッキを高々と掲げた。

 そして歌って踊っての大宴会が始まったのだった。

 

――カシャッ! カシャッ!


 俺は彼らの様子をタブレットに収めていく。

 彼らの笑顔や、宴の様子が伝われば、きっとお偉いさん方も彼らを邪険に扱おうなんて考えないはずだ。

 ただ、それは確信ではなく、単なる願望にすぎない。

 

 もし俺に『規則』を変えてしまえるほどの力があったなら、彼らの平和を永遠にかなえてやれるのだろうか。

 

 万年Fランクのちっぽけな冒険者ふぜいが、何というたわごとを……。

 自分でも恥ずかしいがそう思わざるを得ないほどに、彼らは幸せそうだ。

 

 そんな中、ふと気付くと、俺はクリスティナの姿を探していた。

 そう言えば彼女の笑顔をまだ見てないな、というちょっとした下心が無意識のうちに働いていたのかもしれない。

 

 右、左と視線を動かすと、少し離れたところで彼女を見つけた。

 彼女は俺の視線に気付くことなく、周囲をかこった友人たちと談笑している。

 

「ふふ。やっぱり美女には笑顔が似合うってもんだぜ」


 自然とタブレットが彼女の笑顔をとらえる。


――カシャッ!

 

 と、シャッターを押すと、その音に敏感になっていた彼女は、ぷくりと頬をふくらませて俺を睨みつけてきた。

 

「ちょっと! フィト! 勝手に撮らないでよ!」

「ははは! すまねえ、すまねえ。一人でも多くのエルフたちの笑顔を国に送ってやりたくてな」

「もうっ! 適当なことを言って!」


 確かに『適当』な言い訳かもしれない。

 しかし本心であることも確かだ。

 

 一人でも多くのエルフたちの笑顔が、人間たちに届くよう願ってるぜ。

 

 そんな恥ずかしい言葉を口に出来るはずもなく、言葉を飲み込む。

 そして、街のいたるところへ向けて、引き続きシャッターを押し続けたのだった――

 

 

◇◇

 

 翌朝――

 これ以上、長居しては迷惑だと考えた俺は、朝日が顔を出し始めた頃には村を出ることにしていた。

 

 なお昨晩は、彼らが用意してくれた『わら』のベッドで快適に過ごさせてもらった。一言もお礼を言わずに立ち去ったなら、ばちが当たるというものだ。

 予め出立の時刻を告げておいたカイサの家の前までやってくると、彼女の他に眠そうな目をしたクリスティナも立っていたのだった。

 

「カイサさん、それにクリスティナ。昨日はありがとうございました」

「いやいや、礼にはおよばんよ。わしらも楽しい時を過ごさせてもらったんじゃ」

「そう言ってもらえると、気が楽になる。じゃあ、村のみんなにもよろしく伝えてください」


 小さく頭を下げた後、彼女らに背を向けた俺を、カイサは慌てて呼び止めてきた。

 

「フィト殿、ちょっと待っておくれ! 一つ願いを聞いてもらえんかのう」


 俺はぴたりと足を止めて、再びカイサに体を向ける。


「こんなによくしてもらえてるんだ。俺でできることなら、なんでも協力させてくれ」


 と、軽い調子で答えると、カイサは肩の力を抜いて願いごとを言ってきたのだった。


「人間にとっては小さな島かもしれんが、わしらにとっては大きな島じゃ。知っているのは島の半分にも満たない。だから、わしらもお主と共に地図づくりをさせてもらえんじゃろうか?」


 俺はあごに手を当てて、とある記憶をたどった。

 それはギルドの受付嬢であるカタリーナから告げられた『規則』についてだ。

 

 『地図の情報を他の種族に漏らしてはならない』

 『誰かに手伝ってもらってはならない』

 

 そんな規則はなかったはずだ。

 緊急電話で聞いてもいいのだが、こんな朝早くに呼び鈴を鳴らすのも気が引けるし、何よりもエルフたちのためになるのなら多少『規則』を破ってペナルティを食らっても構わない。

 それに島のことを知っているエルフが協力してもらえるなら、王国が望む地図づくりは大いに進むはずだ。

 

 そう結論づけた俺は、頭を下げて答えた。

 

「こちらこそ、協力してもらえるのは大変ありがたい! 是非、よろしく頼む!」

「おお! それはありがたいのう! ではクリスティナ! お主がフィト殿を手伝いなさい」


 満面の笑みを浮かべたカイサは、立ったままうとうとしていたクリスティナの肩に、ポンと手を置いた。

 彼女は弾かれるようにして目をぱちりと大きくすると、自分を指差して驚いた。

 

「えっ!? わたし!? なんで!?」

「お主は昔から、大人の目を盗んでは村の外に無断で出ていったじゃろう」

「お、おばあ様! そんな大昔のことを今さら言われても困ります!」

「かかか! つい最近も無断で外出しておったじゃろう! わしの目はごまかせんぞ!」

「むむぅ……」

「そんなに外に出てみたいなら、フィト殿のお手伝いをしなさい、と言っておるのじゃ!」


 完全にカイサに言いくるめられたクリスティナは、がくりと肩を落とす。

 俺はそんな彼女に右手を差し出した。

 

「よろしく頼んだぜ。クリスティナ」


 彼女はきりっと俺を睨みつけると、差し出された手を無視して、そっぽを向いた。

 

「おばあ様の言いつけで、村のために地図を作るだけだからね! 別にあなたの役に立とうなんて思ってないんだから、勘違いしないでよね!」


 彼女の言葉に俺とカイサは苦笑いを浮かべると、互いに小さく頭を下げた。

 

「じゃあ、行くか!」


 俺が呼びかけると、彼女はすぐさま宙に浮いて俺を追い越していく。

 

「あんまり遅いと置いていくから、そのつもりでいなさいよね!」

「ああ、お手柔らかに頼むぜ」


 こうして、Fランクのおっさん冒険者と、気が強い美少女エルフの地図づくりが、いよいよ幕を上げたのだった――

 

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