そういう大事なことはしっかり説明して欲しかった
◇◇
「クリスティナ!! やめよ!!」
しゃがれた声の一喝で、極限まで高くなっていた羽の音が一気に鎮まる。
するとクリスティナと呼ばれた俺の首元にいる美女が甲高い声を上げた。
「おばあ様! なぜお止めになるのです! この者は災いをもたらす侵入者なのですよ!」
「まったくお前は父親によく似て、無鉄砲すぎる」
「むむぅ……どうしてそこでお父様が出てくるのですか」
「かかか! とにかく『剣』を下ろせ。お客人が困っておられるだろう」
老婆の声の直後に、クリスティナが俺から少し離れた気配がする。
俺は顔の位置を元に戻すと、老婆の声の方へ視線を向けた。
すると声から想像通りのしわくちゃな顔をしたおばあちゃんが目に映る。
ここまで声と顔がマッチしているのも珍しいものだ。
そして彼女もまたクリスティナと同じように背中に羽を生やした小さな人間であった。
いったいこの生き物はなんなのだろうか……。
そんな逡巡をしているうちに、老婆が声をかけてきた。
「お客人。この者がとんだ無礼を働き、まことに申し訳なかった」
と、空中に浮いたまま深々と頭を下げてくる。
慌てて俺も頭を下げた。
「こちらこそ急に押しかけてしまって、すまなかった。俺はフィト・ブラントと申します」
「ふむ。礼儀正しい御方じゃないか。わしはカイサ。このすぐ近くにあるエルフの村の長老をつとめておる」
「エルフ……?」
「おお、そうか。お主にとってエルフは初めてであったか!?」
「無知ですまねえ」
「いや、いいのじゃよ。ならば村まで案内するゆえ、そこでいろいろと話をしようではないか」
カイサはそう言うと、ゆっくりと進み始めた。
しかし、このままついて行って問題ないのだろうか……。
戸惑っている俺に対して、クリスティナが低い声をかけてきた。
「いいから早く歩きなさい」
俺はその声に押されるようにして、カイサの背中を追っていったのだった――
◇◇
見た目、言葉、そして知能など大部分が『人間』と変わらず、背丈は『人間』の半分ほど。そして背中に羽を生やして飛行が可能。
それが『エルフ』という種族だそうだ。
飛行が可能と言っても、途中でどこかで休まねば半日もしないうちに、疲れて羽ばたけなくなってしまうらしい。
そして俺が連れてこられたエルフの村は『エンフェルド』という名の村だった。
村に入る手前で長老であるカイサに「村の者たちにお主のことを話してくるので、ここでクリスティナとしばし待たれよ」と言われたので、大人しく待つことにした。
そこで俺は、とあることに気付く。
――あまりに急な展開に、本来の目的を忘れていたな。
そこで俺はタブレットで写真を撮り始めた。
すると俺の様子を怪訝そうに見つめていたクリスティナがたずねてきた。
「さっきから何をしているの? 『カシャッ』って音が聞こえるんだけど?」
ぐいっと体を乗り出して覗き込んでくると、彼女の顔が俺の顔にくっつきそうになる。
種族が違うとはいえ、美女に顔を近付けられると照れてしまうのは、健全な男である証だ。
俺は思わず顔をそらして答えた。
「こ、これは『地図』を作るのに写真を撮っているだけだ」
「写真? なにそれ? ちょっと見せてよ!」
彼女が俺の腕にまとわりついてくると、柔らかい感触が腕を包みこんだ。
エルフって柔らかいんだな……。
いや、あのしわくちゃな婆ちゃんは柔らかくないはずだ。
となると『女の子』だから柔らかいってことか……。
などとくだらないことを考えているうちに、彼女はタブレットのボタンに体重をかけて、勝手に起動させてしまったのだった。
「おいっ! やめろよ!」
「いいじゃない! それとも見られたらまずいものでもあるの!?」
「いや、そんなのはねえけどさ」
「じゃあいいじゃない! 見せてよ!」
俺の両腕の間にすっぽりと収まった彼女はタブレットの液晶を食い入るように見ている。
俺は彼女の柔らかな感触を堪能しながら、同じく画面に視線を集中させていたのだった。
するとまず映し出されたのは『地図』だった。
しかし大部分は真っ黒で、画面の下の方に海岸、それに森と思われる表示から少しだけ線が伸びている。
クリスティナが眉をひそめて俺の方を見上げてきた。
「なにこれ?」
「なにと言われても、『作りかけの地図』としか言えん」
「ふーん。こんなんじゃ完成までどれだけかかるのよ。まあ、わたしには全然関係ないからいいけど」
「お前さんは可愛い顔してる割には、意外と冷たいのな」
「なによそれ! もうっ! 失礼しちゃうわ!」
頬をぷくりと膨らませた彼女は顔を元の位置に戻すと、液晶に両手をついた。
すると画面の表示が入れ替わる。
そこには俺が撮った写真が映し出されていた。
海岸、森に入る手前、そして森の中……。
ほんの数枚しか撮っていないから、そろそろ終わりなはずだ。
……と、その時だった。
なんとクリスティナが険しい表情で迫ってくる写真が映し出されたのだ。
どうやら急襲された時に、思わずシャッターを押してしまったらしい。
剣を構えながら鬼気迫る顔つきの彼女の姿は、なぜかぐっと惹きつけられるものがあり、思わず見とれてしまった。
しかし彼女にしてみれば、恥ずかしいことこの上なかったようだ。
キンキンするような甲高い声で俺に罵声を浴びせてきた。
「ああっ!! なによこれ!! いつ撮ったのよ!!」
「えっ!? お、俺にも分かんねえよ!」
「ちょっと! 消してよ! 恥ずかしい!」
「お、おう……えっと……あれ? どうやって消すんだ?」
画像を何度かタップしてみるが、全く反応しない。
『削除』ボタンらしきものもないのだ。
「ちょっとぉ。どうにかしてよぉ」
今にも泣きそうな彼女に、俺は完全にパニックになっていた。
そして……。
――リリリリリン!
と、画面右下の『受話器』のアイコンをタップしてしまったのだった。
「はい。もしもし? こちらギルドのカタリーナです。フィトさんですね? どうなさったのですか。緊急事態ですか?」
「い、いや緊急ってわけじゃねえんだけど……」「緊急でしょ!! 何を言ってるの!」
「あの……電話の向こう側から若い女性の声が聞こえてきましたが、彼女はフィトさんのなんなのでしょう」
淡々としたカタリーナの口調に、少しだけ『トゲ』があったような気がしたのだが、気のせいだろうか……。
「いや、ちょっと聞きたいんだが、撮った写真を消す方法を教えてくれ」
「はあ? そんなことですか……。一度撮った画像は削除できません」
「できないですってぇ!? どういうことよ!」
「だからあなたはフィトさんのなんなのですか!?」
「なんだっていいじゃない! 今はそれどころじゃないの! ちょっと、フィト! 私の恥ずかしい写真を撮っておいて、消せないってどういことよ!」
「……フィト。いったいあなたはクエスト中に、なにをしているのかしら? しっかりと説明なさい!」
喋り方まで変わっちゃってますよ。カタリーナ嬢……。
なおも画面の向こう側で問い詰めてくるカタリーナの声をそのままに、そっと『受話器』のボタンをタップして電話を切ると、ついでにタブレットの電源も切った。
ここは『臭いものに蓋をする』のが一番だ。
面倒はあとからじっくり考えよう。
そんないつもの悪い癖が出たのだった。
しかしすっかり頭に血がのぼった彼女は、納得がいかないようだ。
「もう! なんで勝手に画面を消しちゃうのよ!」
そう叫ぶと、とあるボタンを強く押した。
「それは電源じゃねえ!」
「えっ!?」
――カシャッ!
今ので彼女のドアップ写真がばっちり撮れたことだろう……。
しかもポカンと口を半開きにしたショットが……。
彼女はついに大泣きをしながら天を仰いだのだった。
「もういやだぁぁ!! うわあぁぁん!!」
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