最後まで彼女の頭の中は『規則』でいっぱいだった
◇◇
『特殊クエスト』という名の『解雇通告クエスト』を受注した俺は、すぐに冒険に出ることなく、一度自宅へと戻った。
ギルドを出て、酒場の横を通り過ぎれば、ボロいアパートが建っている。
その一室が俺の部屋というわけだ。
築50年は経っているらしいが、耳の遠い大家のおばあちゃんでも、いつ建てられたのか正確には分からないらしい。
と言っても、単に忘れてしまっただけかもしれんが……。
「ただいまー」
両親を亡くし、兄弟もいない俺。
返事をする相手がいないとは分かっていながらも、こうして挨拶をしてしまうのは、長年しみついた癖だ。
しかしこんな俺にも『可愛い家族』はいる。
それはペットとして飼っているミニドラゴンの『ポチ』だ。
体重は3kg。小型犬ほどの大きさしかない、オスの小さなドラゴンが、羽を一生懸命動かしながら、俺の胸元に飛び込んできた。
「ぴきぃぃぃ!!」
「おお! ポチ! お利口にしてたか?」
「ぴぃ!」
俺が頭を撫でると、ポチは嬉しそうに目を細めている。
なんという可愛い動物なんだろう。
ミニドラゴンは、大型のドラゴンのように火を吹くこともできなければ、鋭い爪や牙もないため、この世界ではペットとしてよく飼われている。
ポチをペットにしたのは俺が『採取』クエストの最中に、森でけがして身動きがとれなくなっていたところを助けてあげたのがきっかけだ。
その後、ポチは俺の背中をついて離れなかったため、仕方なく自宅に連れて帰ってきたのだが、ギルドからも大家さんからも特に文句をつけられることなく今に至っているのだった。
「じゃあ、ポチ。今回のクエストはお前も一緒だ」
「ぴぃ?」
ポチは俺の言葉の意味が分からないのか、首をかしげて目を丸くしている。
そもそもミニドラゴンに人間の言葉が通じているとは思えないが、細かいことは気にせずに俺は続けた。
「今回はいつまでかかるか分からねえからな。一人にしておくわけにはいかないってことよ」
「ぴぃ!」
やっぱり俺の言葉はポチには通じているのかもしれない。
彼は羽をばたつかせて喜んでいる。
「よしっ! じゃあこれで準備は完了だ! あとは大家さんに挨拶して、ギルドに戻るとするか!」
「ぴぃぃぃっ!!」
こうして俺はポチ以上に言葉の通じない大家のおばあちゃんに、『長期間空けるかもしれない』と告げてギルドへ戻っていった。
もっとも『エクホルム島』なる島に到着した直後にギブアップして、とんぼ返りしてくる可能性も大いにありうるのだが……。
今はそのことだけは考えないようにしていたのだった。
◇◇
「では最後にクエストの実施方法についてご案内します」
ギルドに戻った俺に対して、受付嬢のカタリーナは淡々と告げてきた。
俺の隣にはポチももちろんいる。しかしそんなものには目が入らないかのように、彼女は俺の顔だけを見ながら続けたのだった。
「フィトさんには『タブレット』を支給いたします」
と、彼女は小型の文字通り『タブレット』を俺に手渡してきた。
「これで島のいたるところの写真を撮っていただければ、ギルドの方でデータを解析して地図を作成いたします。つまりフィトさんはただ写真を撮っていただくだけで結構です」
「そう言ってもらえると、なんだか気が楽になってきたぜ。ありがとな」
「いえ、私はただ規則にのっとって説明しただけですから」
彼女の頬がかすかに桃色になったように思えたが、気のせいだろう。
「最後にこのタブレットは緊急時のみ、ギルドとの連絡手段に利用することが可能です」
「連絡手段?」
眉をひそめた俺に対して、彼女は一度タブレットを手元に戻すと起動ボタンを押した。
そして画面の右下に小さくある『受話器』のマークをタップした。
すると……。
――リリリリリン!
と、けたたましい音が彼女の背後、つまりカウンターの中から鳴り響いてきたのだ。
彼女がもう一度受話器をタップすると、その音もピタリとやんだのだった。
「ちなみにこちらからも連絡することができますが、緊急事態でない限り、私たちから連絡をとることはありませんのでご安心ください」
「ああ、俺もよほどのことがなければ使わねえよ」
「ええ。ただし『ギブアップ』する時は、必ずこちらの機能を使って連絡ください。目的の島までは船を出さねばなりませんので。地図を完成させられずに、王国に戻ってきた時点でクエストは失敗となります」
「分かったよ。丁寧にありがとな」
「いえ、全て規則ですから」
最後まで『鉄仮面』のような無表情を貫いた彼女に対して、俺は口元を緩めると、ギルドを出立する前に一言だけ礼を言った。
「今までありがとな。こんな出来そこない冒険者に対しても、丁寧に対応してくれたことを感謝してる」
「いえ……私は規則にのっとって行動したまでです」
「ああ、分かってるさ。それでも嬉しかったんだよ」
「そうですか……」
彼女は無表情のまま、小さく頭を下げた。
その様子を見届けると、俺はギルドを出て、船が待つ港の方へと足を向けた。
「さてと……最後のクエストに行って参りますか」
俺は誰ともなくそうつぶやくと、力強く一歩踏み出した。
いよいよ『エクホルム島の地図を作れ』という特殊クエストが幕を上げた瞬間であった。
◇◇
『エクホルム島』は王国から船でちょうど3日に位置した大きな島だ。
どうやらこの島の『地図』を作る特殊クエストは、今回が初めてらしい。
漁師が偶然見つけた島だったそうで、それ以降は王国が船着き場になりそうな場所を探していたそうだ。
そしてつい先日、ようやく適当な場所が見つかったため、島の内部の探索を開始すると決めたそうだ。
ただ、どんなモンスターが出現するのか、食料が確保できるかなども分からないうちに、高ランクの冒険者を送りこむのはリスクが高すぎるということで、様子見として低ランクの冒険者に白羽の矢が立ったらしいと、おしゃべりな船長が教えてくれた。
「お前さんもどんな事情があったのか知らんが、危険が多いには違いない。何かあったらすぐに『ギブアップ』するんだな。こういった場合は、地図を作った分だけ報酬がもらえるって条件になってるんだろうからよ」
「ああ、ありがとな」
俺は船長に対して愛想笑いを浮かべながら答えたが、内心はもやもやしていた。
なるほど……本来なら『地図を作る』というクエストは、作成した分に応じて報酬が支払われる条件になっているのか。
しかし俺が受けたクエストの成功条件は『島の地図を完成させる』というもの。
地図の一部を完成させたところで、『成功』にはならず『失敗』となってしまうのだ。
要は『失敗』を前提とした『捨て駒』ということだ。
つまり、お荷物である俺をクビにできる上に、未開の島の様子見ができるのだから、王国にとっては一石二鳥なわけだ。
「それも仕方ねえか。今までおんぶにだっこだったんだ。最後くらいは王国のために役立ってやろうじゃねえか」
「ぴきぃっ!!」
「はははっ! ポチも気合いが入ったようだな! よしっ! やるからには国王すらビックリさせるような働きをしてやろう!」
「ぴぃ!!」
こうして俺とポチの一人と一匹は、悲壮な決意でエクホルム島の南岸に降り立ったのだった――
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