先代のあの子の名前はもう忘れてしまった

 ギルドとは、冒険者たちのたまり場であり、クエストを受ける場所だ。

 ここにはクエストを紹介する『カウンター』の他にも、冒険に必要なアイテムを売る売店や、武具を売る店もあり、入り口からでは奥が見渡せないくらいに広い。

 

 そして、ギルドはシェルクヴィスト王国の直轄であり、そのギルドに登録されている冒険者もまた王国が直接雇用している。

 だが支払われる月給はほんのわずかで、冒険者たちはクエストの報酬や、クエストで持ち帰ったアイテムを売って生計を立てているのだった。

 

 また冒険者たちは、実力を認めあった者同士で『パーティー』を組むことができる。

 ただ、危険性などを考慮して、一つのパーティーは『4人』までと決まっており、たいていの冒険者たちは固定のパーティーでクエストをこなすことが多い。

 そのため、ギルド内は4人一組で行動をしている者たちで溢れかえっていた。

 

 言うまでもないが、俺はどのパーティーにも属していないので、ギルド内でも一人だ。

 誰も俺みたいな『逃げ足しか能がない者』と組みたくないのは当たり前だろう。

 

 賑やかなギルドの建物の中に入った俺は、うつむきながら真っすぐカウンターを目指した。


――おうっ! フィト! 景気はどうだい!?

――今日もまた採取かい!? よくもまあ飽きずに毎日できるねぇ!


 そんな声があちこちからかけられるが、俺は生返事を返すだけでまともに相手をしない。

 『冒険者同士仲良くいこうぜ!』という雰囲気が嫌いでならないからだ。


 人を掻きわけながらずんずんと進んでいくと、俺の耳にすっかり聞きなれた会話が入ってきた。

 

――また『真紅の戦乙女(ワルキューレ)』リーサ・ルーベンソンのパーティーがSランクモンスターの狩猟に成功したそうだ!


――彼女まだ『ルーキー』なんだろ!? すっげえよな!


――ああ、他の二人のパーティーメンバーも伝説級の冒険者だしな。


――ルーキーイヤーで『Sランク』昇格が決定したらしいぜ……。


――もはや『モンスター』だな! あははは!



 リーサ・ルーベンソンとは今年デビューを果たした新人冒険者。

 まだ二十歳前の少女を指して『モンスター』とは失礼にもほどがあるだろ。

 実際に顔を合わせたことはないが、赤の鎧に身を包み、細い腕にも関わらず、背丈ほどもある大剣でモンスターをなぎ倒す姿はまさに『戦乙女』の名にふさわしいものであるらしい。

 ここ最近は彗星のごとく現れた彼女の話題でギルド内はもちきりだった。

 

「まあ、俺とは住む世界が違う人間ってことだな」


 と、乾いた笑みを浮かべながら、男たちの会話を聞き流す。

 あまりに次元の違う人物の話題となると、興味すらわかなくなるのだから不思議なものだ。


 そうしてギルドに入って五分ほどして、ようやく目的のカウンターの前に立ったのだった。

 

◇◇


 ギルドのカウンターは五つある。

 お察しの通り、『冒険者ランク』ごとに、並ぶカウンターが違うということだ。

 かれこれ十年も、毎日同じカウンターの前に立ったのだから、そこの受付嬢とはすっかり顔なじみなのは当たり前だ。

 その受付嬢も、今は『二代目』。

 『先代』はどんな人にも分け隔てなく笑顔を向けてくれるいい子だったのだが、残念なことにBランク冒険者と結ばれ、そのまま寿退社していった。

 めでたい話なのに『残念』と感じてしまったのだから、もしかしたら俺は彼女に気があったのかもしれない。

 

 そして『二代目』の子、たしか名前は……。

 カタリーナだ。

 彼女もまたどんな相手であっても分け隔てなく接するタイプなのだが、『先代』と大きく異なるところがある。

 それは『笑顔』ではなく『鉄仮面』なところだ。

 小さな丸メガネをかけた彼女は美人なんだが、いかんせん愛想が全くない。

 ニコリと笑ったのを、彼女が受付嬢になってから五年も見たことがないのだ。

 プロ根性のようなものを、ひしひしと感じるが、そんなんだと近寄る男はいなそうだな。

 いや、もしかしたら彼氏の前では甘えるタイプなのかもしれん。

 

 そんなことに考えを巡らせていると、鞭をうつような声が頭に響いてきた。

 

「フィトさん、ちゃんと聞いてますか?」

「あ、ああ……すまん。もう一度頼む」

「まったく……いつもとは全然違うクエストなんですから、しっかり聞いてください」

「ああ、すまなかったよ」


 口調だけは怒っているようだが、表情はいつも通りなのが彼女のすごいところだ。

 俺が変なところに感心しているうちに、彼女は『特殊クエスト』について、淡々とした口調で話を始めた。

 

「今回、フィトさんに課せられた『特殊クエスト』は『地図を作る』というクエストです」

「地図……ねぇ。いったいどこの地図を作れって言うのさ?」


 ちなみにクエストを受けると、対象エリアの地図が必ず手渡される。

 いつ誰が作ったものか分からないが、少なくとも十年前からあらゆるエリアの地図が存在していたのだから、きっと大昔からあったのだろう。

 ……となると、なぜ今さら『地図』を作る必要があるのだろうか……。

 

「王からの命令で、ギルドで受注できるクエストに、新たなエリアを追加することになりました」

「ほう。そりゃ初耳だ」

「ええ、なにせつい先日決まったことですし、まだ機密事項ですから」

「そんな大事なことを俺にしゃべっちまってもいいのかい?」

「ええ。そのエリアが追加されるかどうかは、あなたの『特殊クエスト』の出来いかんに関わってますから、問題ございません」

「なるほどね……そういうことか」


 ちなみに『新たなエリアが追加される』という噂は、今までも何度か上がったことがある。

 しかしその度に、理由も分からず立ち消えとなった。

 

「つまり、俺がその新たなエリアの地図を完成できなければ、そのエリアは追加されねえってことか」

「ええ、そうなりますね」

「万年『Fランク』の俺が、未開の地の地図を作れると、本気で思っているのかね?」

「それは分かりかねます。私が決めたことではございませんので」


 彼女はさらりと受け流したが、絶対に心の中では「無理でしょう」と断言しているに違いない。

 なぜなら『未開の地』となると、どんなモンスターが現れるとも分からないし、『採取』によって食料が調達できるかも分からない。

 言い換えれば『かなり難易度が高いクエスト』なのだ。

 

 もっとも、『モンスターが全く存在しない』というラッキーなエリアであれば、クエスト達成も夢ではないだろう。

 だがはしくれとは言え俺もベテラン冒険者だ。十年間の経験で言えるのは、『どのエリアにもモンスターは存在する』ということだ。

 

 そこまで考えると、おのずと一つの結論に達する。

 

 王は『新しいエリア』を追加するつもりはないし、『不要な冒険者』をお払い箱に追いやることが目的のクエストなんだ……と。

 

「では、『クエスト規約』を読んでいただき、問題なければサインをお願いします」


 カタリーナは『クエスト規約』が書かれた一枚の紙面を俺の前に差し出してきた。

 これも見慣れたもので、どんなクエストでも共通しているものだ。

 

 『クエスト中に命を落としても王国はいかなる補償もしない』

 『定められた条件をクリアせずにギルドに戻ってきたら、失敗とみなす』

 『成功した場合は定められた報酬をギルドから支払う』

 というものだ。

 

 俺はサインをする前に、彼女にたずねた。

 

「クエストの成功条件と報酬を教えてくれ」


 彼女の目がきらりと光る。

 恐らく彼女は「どうせ失敗するに決まっているのに、成功条件と報酬なんて聞いてどうするつもりなのかしら」と思っているのだろう。

 しかし彼女はそんな本心などおくびにも出さずに、淡々とした口調で答えた。

 

「成功条件は、南に浮かぶ『未開の孤島』エクホルム島の地図を完成させること。期間は無制限。報酬は『Eランク』への格上げと、10万ゴルド」


「ふふ、10万ゴルドなんて大金。見たこともねえや」


 俺は差し出された紙面にサインをしながら笑みを漏らした。

 俺がサインをし終えると、彼女は無表情のまま紙面を受け取り、一通りミスがないか確認した後、『受領印』を押した。

 

「これでクエスト受注完了です。すぐに出られますか?」

「いや、ちょっと家に寄らせてくれ」

「分かりました。出立はクエストを受注してから24時間以内が規則となっておりますので、ご注意ください」

「ああ、分かってるよ。ものの30分で戻ってくるさ」


 そう告げた俺は手をひらひらと振りながら、自分でも驚くほど重い足取りでカウンターをあとにしたのだった――

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る