第4話 指輪型魔術道具


 視界が急変した。

 先程迄は、なんの変哲も無いグラウンドだった筈なのに、今慎太郎が立っているその場所の周囲には、うっそうとした森林が広がっていた。

 木々の一本一本は巨大で、時おり獣の様な声が聞こえて来る。


「ふっ…はは…!」


 思わず声が溢れる。慎太郎は昂った感情を抑える事が出来ず、大仰な仕草で両手を掲げて叫んだ。


 「私は…!私は遂に魔術に成功したぞッッッ!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ…ゴホッゴホ…!」


 終盤にむせかえり、一息ついた慎太郎だが、その興奮は今だ醒めやらない。


「やった…!やったんだ俺!ただの厨二病じゃ無かった!本当の知識だったんだ!!これでもう、皆に馬鹿にされ無いし、父さんと母さんにも心配を掛けなくて済む!さつきにだって殴られないぞ!」


 そう言って、更に笑う慎太郎。彼は今、生まれてからこれ迄で最高の幸せを感じていた。


 慎太郎は典型的な陰キャだ。友達は少ないし、彼女なんてもっての他。寧ろ女子には嫌われているし、嫌がらせもされる。数少ない友人だって、そのじつ、浅い付き合いでしか無い。

 しかし慎太郎はそれでも良かった。慎太郎には家族と魔術があったから。

 確かにリア充達を羨んだ事はある。魔術なんて辞めて、ファッションやスポーツに励み、友達に囲まれて騒いだりしたいと願った事もある。

 だが、それでもやはり慎太郎は魔術が好きで、結局は捨てる事等出来なかった。

 自分が没頭している事を家族に理解して貰えないのは辛かったが、しかしこれで家族にも認めて貰えるだろう。


――そこまで考えた慎太郎は、一つの事実に気付いた。


「……星座が……違う……月の角度も……違う……」


 慎太郎がおこなった魔術は、星々の配置が重要な要素と成っている。

 地球から見える星の配置は、彼の知識で考えると、かなりの高効率で異世界への転移を可能とする配置だった。

 しかし、今彼が見ている星空はそれとは真逆。異世界への転移はかなり難しい配置であり、先程の魔術で元の世界へと帰還する事は出来そうに無い。


「は、ははは…、はは、ははは!ハーッハッハッハ!!」


 思わず声を上げて笑う慎太郎。しかし、その理由は先程とはまるで違う。


「イヤァァァァァァッ!!ぃぃぃッッッ!!」


 そう、それは発狂に近い、現実逃避の笑いだった。

 慎太郎は異世界転移に成功した。彼が知る限り、本当に異世界への転移を成功させた実例は、地球には無い。

 正に前代未聞の偉業と言えるだろう。


 ――しかし、だからどうだと言うのだ。

 異世界転移は確かに歴史を覆す程の偉業かも知れない。

 だが、それはあくまでも“立証”出来て初めて成立する物なのだ。

 現状、慎太郎が地球に帰還する術は無いと言える。彼を異世界へと導いた星空は、彼を送り出した世界にしか無い為だ。

 彼の偉業を立証する方法は、彼の手元には無く、あるのは一つのだけ。


 ――そう、彼は世界単位での迷子だった。


「馬鹿ァァァァァッッッ!!俺の馬鹿ァァァァァッッッ!!なんで気付かなかったの!?そらそうに決まってんじゃん!!異世界なんだから星空違うに決まってんじゃん!!帰れないってそりゃあ!!分かれよ俺!!うわぁぁぁッッッ!!」





『……おい、主人マスター


「神様ぁぁッッッ!!お願い申し上げます!僕をお家に帰して下さい!!僕は携帯小説のチーレム主人公に自己投影する様な、純朴極まり無い少年なんです!お願い申し上げます!お家に帰してェェェェッッッ!!」


『……それ純朴か?』


「もう俺にちょっかい掛けて来るウザい宮本に呪いなんてかけません!正々堂々、陰口を叩くだけにします!だからお願いぃぃッッッ!お家に帰してェェェェ!!」


『正々堂々の意味分かってるか?』


「なんだよさっきから人が神頼みしてる時にうるせぇなッッッ!!!」


 そこまで叫んだ慎太郎は、目の前の存在に気付き、驚愕する。


『なんだよ主人マスター。漸く気付いたのか。』


 そう口にしたのは、直径約40センチ程の金属の箱。その全面に、魔法陣マジックサーキットが刻まれた、慎太郎の最高傑作にして使い魔サーヴァント


 “自己進化型魔導機兵プロメテウス”だった。


「な!?な、な、な、な、ぷ、プロメテウス…なのか!?お前、プロメテウスなのか!?」


 慌てふためき、言葉に詰まりながらそう言った慎太郎に、金属の箱改めプロメテウスが鷹揚に応える。


『ファッキンだぜ主人マスター。この場に居るのは俺と主人マスターだけだろう?ならば当然、この声はこの俺!究極にして至高の魔導機兵、プロメテウス様のものと言う事だ。』


 自信満々にそう応えるプロメテウス。その言葉を聞き、少しだけ落ち着いた慎太郎だったが、彼には疑問があった。


「ど、どうして…起動している……?起動実験には失敗していた筈なのに……」

 

 そう、プロメテウスの起動には失敗した筈だった。複雑な術式の下に産み出されたプロメテウスは、例え魔力豊富な異世界だろうと、勝手に起動する事は無い。目の前の最高傑作が何故起動したのか、慎太郎には理解出来なかったのだ。


『その事か……。いやな、主人マスター。言いにくいんだが、俺様は前の世界で起動に成功しているんだよ』


「!?」


 慎太郎の顔に、過去最大級の驚愕が浮かぶ。

――こいつ…何言って…!?

 彼は様々な考えを巡らせ、その答えを導き出そうとしたが、答はプロメテウスが告げた。


『……主人マスターが俺様を起動させた時、実は俺様はきちんと起動してたんだ。だけど、あの世界の魔力は少な過ぎて、それを伝える動作が一切取れなかったんだよ。どうにか少ない魔力を集めて、それを知らせようとしてたんだけど、それが可能に成る前に主人マスターが転移術式に成功して、今に至るって訳だ。まぁ、この世界の魔力量は想定よりも遥かに多いから、こうやって直ぐ様会話出来る様に成った訳だが』


 ゆっくりと、プロメテウスの言葉が慎太郎に染み込んで行く。

 先ず湧いた感情は、喜びだった。プロメテウスは6年の歳月と多額の資金。そして並々成らぬ執念で造り上げた最高傑作だ。少ない魔力でも起動に成功する様、可能な限り様々な工夫を凝らしてきた。その努力がしっかりと報われていた事は、素直に嬉しかった。

 しかし、“成功していた”と言う事実は、今の慎太郎の心に一本のトゲを刺す事でもあった。


「……プロメテウス……お前が地球で会話出来る様に成る迄は、どれくらいの時間が必要だった……?」


 そう聞かれたプロメテウスは、至極言い辛そうに応えた。


『……大体、後27分後くらいだったな……。そしたら複雑な会話は無理でも、モールス辺りでやり取りは出来る様に成ったと思う』


 二人の間に静寂が訪れる。やがて、その事実を受け入れた慎太郎は、息を吸い込み、大きな声を上げた。


「イヤァァァァァァッ!?じゃあ何か!?俺は後ちょっと待ってりゃあ、地球で初めての魔術師に成ってたって事じゃねぇか!!無理して“魔術師風”に喋らなくても、誰にも馬鹿にされ無い生活が訪れたって事じゃねぇか!!なんだって俺は異世界なんて来たんだよぉぉぉぉっっ!!」


主人マスター。誰しもそんな間の悪い事はあるんだ。諦める方が楽に成るぞ?後、主人マスターの言う魔術師風の振る舞いは、かなり痛いから止めた方が良い。』


「そんな事は無い!!魔術師風はかっこ良い筈だぁァァァァァッッッ!!」


『そっちに食い付くなよ』


 そう、慎太郎はどこまでも厨二病患者だった…。




ーーーーーーーーーーーーー



 あれから1時間程経過していた。慎太郎は落ち着きを取り戻し、プロメテウスと沢山の魔術道具マジックアイテムを抱えながら、森の中を歩いていた。

 彼等は今、川を探している。集落等は河川を中心に作られる場合が多いので、人を探すならば先ず川を探すのが効率的な為だ。


「プロメテウス…お前歩けないのか…?」


 慎太郎はそう愚痴を溢す。


『無理だぜ主人マスター。今の俺はただの喋る箱だ。俺は自己進化機能を持ってはいるが、進化に必要となる素材がなけりゃ何も出来ない』


「……だよなぁ……」


 そう言って溜め息を吐く。慎太郎はプロメテウスの製作者であり、その機能を十全に理解している。彼が答えなくても、その事実は理解していた。

 しかし、この体に掛かる重みは万年帰宅部の慎太郎にはキツく、ついそう言ってしまったのだ。


『まぁ、主人マスター主人マスターが作ったサバイバルキットが在るんだ。野宿に成っても平気だろ?それに俺がついてる。何があったって守ってみせるぜ!』


「手も足も無いのにか?」


『心の刃から!』


「メンタル限定での守る発言だったのかよ」


 そう言って、慎太郎は軽く笑う。

 プロメテウスが居てくれて本当に良かった。もし彼が居なかったら、孤独感と恐怖に押し潰されていた筈だ。口にはしなかったが、そんな感謝を抱きながら慎太郎が歩いていると、


『*&###%£££○●&**¥¥&?』


『&¥&&¥*●££%○●*¥#』


 茂みの向こうから、何かの会話する声が聞こえて来た。


「やった!誰か居るぞ!!」


 そう言って、慎太郎はその声に近付こうとする。

 しかし、プロメテウスは真剣な声で慎太郎を止めた。


『待て!主人マスター!様子がおかしい!』


 そう言われて、慎太郎は足を止める。確かにおかしい。先程聞こえた声は、人の声よりも大分低かった。

 違う国の言葉と言うよりも、まるで違う生き物の様な……。


 その疑問に気付けた慎太郎だったが、答えは自ら歩んで来た。


『**●●○○%?#¥&££%○!』


『£&&¥¥¥%*●●』


 茂みから現れたのは、巨躯の異形。その体躯は2メートルを越え、女性のウエスト程もあるその腕には、棍棒を持っている。

 その頭部はまるで豚の様に見え、口元からは絶え間なく涎が出ていた。


「……お、オーク……!?」


 慎太郎はそう言って後退りする。彼の前には、ファンタジー小説ではよく見かけるモンスターの代表格。

 二匹の“オーク”が立っていた。


『££&&%%*£?£&&¥%%%&¥£』


『※▽●◎▽▲△■▲※◆〒★☆▽◎◇』


 オーク達は、慎太郎を見ながら話をしている。時おり笑いを交える会話だったが、その様子は慎太郎にとって好意的な物には見えなかった。


「……な、なんて話をしていると思う?」


 慎太郎は恐怖に脅えながら、プロメテウスに話し掛ける。


『……少なくとも、主人マスターを助けてくれる話じゃあないと思う……』


 慎太郎はその言葉に恐怖を更に高める。僅かな希望にかけて、再びオークを見るが、その時プロメテウスが叫んだ。


主人マスター!!避けろ!!』


 その言葉を聞き、慎太郎は咄嗟に体を左にかわす。


 轟音と共に先程まで慎太郎が立っていた場所に、棍棒が降り下ろされた。


『★〒£¥◆★☆£!!!』


 明らかに苛立った声でそう叫び、此方を睨む二匹のオーク。もしプロメテウスが叫ばなければ、今ごろ慎太郎は挽き肉に成っていただろう。


「ヒッ…ヒッ…!」


 恐怖に歪んだ呼気が漏れる。無理も無い。慎太郎は魔術の知識は豊富でも、所詮は中学生に過ぎないのだ。戦闘の訓練を行った事等有りはせず、命の危機に直面した事も一度も無い。

 さっきは咄嗟に動けたが、恐怖に直面した今、足はすくみ、まともに動けそうも無い。尻餅をついたまま後退り、必死に恐怖から遠ざかろうとしていた。


 その様子を見たオーク達は、笑いながら後退る慎太郎に近付く。

 先程とは違うオークが棍棒を振り上げ、その様子を先程のオークが悔しそうに見ている。

 恐らく、順番なのだろう。

――慎太郎を殺す為の。


 慎太郎の背に、木の幹が当たる。後ろを見ずに後退った為、行き詰まってしまったのだ。

 絶望に顔を歪める慎太郎。

 魔術なんて、手を出さなければ良かった。素直に両親や妹の言う事を聞いていれば良かった。そうすればこんな目に合わなくて済んだし、もっと幸せな生き方が出来た。


 魔術に対する様々な後悔が慎太郎の心が覆って行くが、しかし、この絶望的な窮地を救ってくれたのは、他ならぬだった。


『何諦めてんだ主人マスター!!』


 プロメテウスが再び叫ぶ。自らの主人を、救う為に。


主人マスターは俺様を造り出した程の魔術師だろうがッッッ!!こんな雑魚豚共にびびってんじゃねぇよ!!主人マスターは“魔術師”なんだろう!?一発かましてやれよ!!』


「!」


 その言葉を聞いた慎太郎の心に、一握りの勇気が宿る。

 そう、自分は魔術師なのだ。これまでずっと馬鹿にされ続けた人生だったが、自分が正しかった事はこうして示されているのだ。

 このまま終わる事等出来ない。そう、諦めてしまえば自分の一生はただの負け犬で終わってしまう。


「……終わって……たまるかッッッ!!」


 慎太郎は右腕を前に出す。その指には3つの指輪型魔術道具マジックアイテムがはめてあり、その内の一つの機能を発動させる為だ。


術式展開スクリプト・オン!!」


 その言葉に反応し、指輪が淡い光を放つ。

 慎太郎が発動させようとしている術は、彼の知識の中にある初級の雷撃呪文、“雷撃波エレクトリック”だ。

 さして殺傷能力の高い術では無いが、牽制には成る。

 そう考え、この術を選んだ慎太郎だったが、


「“雷撃波エレクトリック”!!」


 彼の言葉と共に、10メートルに近い巨大な蒼白い雷の球体が現れる。


 「はっ!?」『へっ!?』


 その巨大さに、思わず驚愕の声を出して茫然とする慎太郎とプロメテウス。オーク達は慌てふためき、必死に逃げ出すが、球体はそれを意に介さぬ様に二匹のオークを飲み込み、跡形も無く消し去ったのだった…。

 

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俺の厨二病的魔術知識は、異世界のガチ系魔術知識だった模様です。 @Chibakansai

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