第3話 異世界転移魔術

 


 「はぁ……」


 そう言って慎太郎は溜め息を吐いた。夕食を終えた後におこなった、プロメテウスの起動実験に失敗したのだ。


 確かに彼の知識にある必要素材の幾つかが足りず、実際に手に入る別の品物で代用している。

 架空の金属や生き物の素材等、手に入る訳が無いからだ。

 しかし、彼は経験と知識から、プロメテウスの機能に不備は無い事を理解していた。


「…やっぱりこの世界の魔力じゃ動かない、か…」

 何時もの結論を出し、そして倒れる様にベットに寝そべる。


 彼はこの日常の事は決して嫌いでは無い。優しい両親に、暴力的な所はあるけど根は真っ直ぐな妹。

 学校では、廚二病として悪名を轟かせ馬鹿にされてはいるが、虐められる程では無い。そして、彼自身、本当は理解している。


「……魔術なんて、在るわけねぇもんな……」


 そう、所詮は彼の妄想なのだ。頭の中でしっかりとした理論体系があろうと、それは机上にすら上がらない空論だ。

 実際に在りもしない物にすがって、ただただ大声で喚いている自分は、やはり周囲の言う様な廚二病なのだろう。そう思い慎太郎は再び溜め息を吐いた。


「…テレビでも見るか」


 そう言って、げんなりとした自分の気持ちを切り替える為、大して見たい訳でも無いテレビを点け、次々とチャンネルを回す。


『…で、…が…です。』


 点けたタイミングが悪かったのか、面白い番組も、気を紛らわせれる様な番組もやっていない。


「…つまんねぇし、切って寝るかな」


 そう呟いて、リモコンの電源ボタンに手を伸ばそうとした慎太郎だったが、耳に入ってきた言葉に動きを止めた。


『…ですので、今夜の皆既月食は好条件と言えます。お時間のある方は、空を見上げてみてはいかがでしょうか?』


「…皆既…月食…?」


 そう呟いた慎太郎の動きは、今だ止まったままだ。彼の知識に、引っ掛かる物があったのだ。


「…赤い月…並ぶ太陽と地球…そして月…」


 彼は知識を口にする。そうする事で、少しだけだが、考えが纏まる気がしたのだ。

 そしてゆっくりと、慎太郎の口角が上がって行く。妹がキモいと連呼する、魔術師ソーサラーとしての慎太郎の顔だ。


「行ける…かも知れない…」


 そう、彼の魔術の知識は、その可能性を導き出したのだ。


………………!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


 彼はそう叫ぶと、使えもしない筈の沢山の魔術道具マジックアイテムに身を包み、外へと駆け出して行った。




ーーーーーーー




 慎太郎が着いた先は、土手沿いにあるグラウンドだ。

 ここは普段は老人達がゲートボールに励む場所なのだが、時間の事も有り、今は誰も居ない。


「急がないと…!」


 慎太郎はそう呟くと、一心不乱にグラウンドに幾何学的模様を書き始める。

 彼が魔法陣マジックサーキットと呼ぶその模様は、魔術を起動する為に必要な物だ。馴れた手つきで書き連ねられたその模様は、無秩序な落書きとは違い、明確な規則性を持っており、美しさすら感じさせる。


 慎太郎は出来上がった魔法陣マジックサーキットの上に、次々と水晶や紙、得体の知れない生き物の死体等を並べて行き、そしてそれ等の中心に立った。


 心が踊るのが自分でも分かる。最強の使い魔サーヴァントを作り出したその夜に、異世界への切符を手にしたのだ。それも無理からぬ事だろう。

 そう思いながら、慎太郎はゆっくりと詠唱を開始した。


『我は裏界より真理を覗む者。界を隔てるとばりを破り、折り重なりし可能性へと誘わん。ディセナー・クドゥラー・レンブラ・ディドゥラ。ケティス・マルゴー・ダーナス・クルマー……』


 こうして暫く慎太郎は、一心不乱に呪文を唱え続けた。



ーーーーーーー



 どのくらい時間が経っただろうか。既に彼の理論上必要な詠唱は終えており、本来ならば異世界への転移は終えている筈だった。

 しかし、何も起きてはいない。


 …いや、元々起きる筈が無かったのかも知れない。

元々自分の知識は、この世界では考えられない物なのだ。魔術なんてある訳が無いし、異世界なんて行ける訳が無い。当たり前なのだ。


「ふざけんなッッッ!!」


 怒号と共に、慎太郎は地面を全力で殴りつける。


「だったら…だったらなんでこんな知識が俺の頭に在るんだ!!在りもしない妄想なら、もうちょっと浅く作れよ!!なんだってこんなに凝ってて面白い設定作ったんだよ!!ふざけんなッッッ!!」


 そう叫び、彼は何度も地面を殴ると、頭をうずめて泣き始めた。


 彼は魔術が好きなのだ。周りにどれだけ馬鹿にされても、それだけは変わらなかった。

 魔術の為ならばなんだってしてきた。魔術に必要な水晶玉を買って貰う為、猛勉強して地元でも随一の進学校に入学した。欲しいゲームだって我慢し、必死にお小遣いを貯めて触媒や媒介を買った。奇異の目で見られても、コウモリの死体を必死に探し回ったし、道路に転がっていた猫の死体だって回収した。


 慎太郎は、どこまでも魔術に誠実だった。

 ……しかし、魔術は一度だって慎太郎に振り向いてはくれなかった。


「……もう、止めよう…」


 魔術は此れきりにする。

 そう決めた慎太郎が立ち上がると、擦りきれた拳から一滴の血が流れ落ちた。


「!?」


 慎太郎の顔に驚愕が浮かぶ。流れ落ちた血の滴から、光が生まれ、魔法陣マジックサーキット全体が淡く光始めたのだ。


「……そうか……俺の血の魔力で、最低限必要な魔力量に届いたのか……!」


 自らの知識でこの状態の答えを導き出した慎太郎は、笑みを浮かべる。そう、これで――


「これで!!異世界へと飛べるぞ!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


 そう高笑いを上げた少年は、直後まばゆいばかりの閃光に包まれ、沢山の魔術道具マジックアイテムと共にこの世界から姿を消した。







 

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