第2話 究極の自己進化型魔導械兵


“闇”


 正にその言葉こそ、この場に相応しいだろう。


 窓張りによって光は遮られ、月明かりすらも入らない。そこにはまるで墨汁を垂れ流した様な空間が広がっていた。

 しかし、この場の中心には僅かに揺らめく光源が有り、この部屋の主人を照らし出している。


『アスター・アマナー・アマナイ・クドヘー…ケセラー・ルドゥラー・ニンベラ・クドゥラー…』


 常人には理解出来ない呪文の様な言葉。しかし、そのイントネーションは日本語のそれとは明かに違う。無意味な文字の羅列を口にしている訳では無く、なにがしかの意味がある事を感じさせた。


 呟くのは一人の少年。黒い髪を肩口迄伸ばし、その身を黒いローブに包んでいる。

 僅かに覗くその顔は、よく言えば当たり障りの無い顔なのだが、その表情は醜く喜悦に歪んでおり、決して近寄りやすいとは言えなかった。


「…ふっふはは!ハーッハッハッハ!!出来たぞ…!遂に完成した!!我が究極の使い魔サーヴァントが!!」


 大行に立ち上がり両手を掲げ、そう叫ぶ少年。

 彼の目の前には、幾何学的な模様が刻まれた金属の箱があり、その周囲には水晶やコウモリの干物、虫の死骸等が規則制を持った並べ方で配置してあった。

 

 彼は金属の箱を持ち上げ、頬擦りをしながら更に続ける。


「あぁ…!あぁ!!長かった…!苦節6年!少ない小遣いとお年玉を溜め込み、媒介を集め、ようやく完成させる事が出来た!!我が究極の使い魔サーヴァントプロメテウス!!なんっという美しさだッッッ!!」


「うるッッッせぇぇぇぇぇぇぇぇっっッッッ!!」


 漆黒の闇を、ドアを開けるというシンプルな方法で切り裂いたのは一人の少女だった。

 淡い栗色の髪を、肩に掛かる程度に伸ばした、健康的な容姿をしている少女だ。


「おぉ、我が妹よ!!遂に私は成し遂げたぞ!!これこそ自己進化型魔導機兵“プロメテウス”!!倒した対象のアストラル体を取り込み、その力を無限に高める究極の魔導機兵なのだ!!これは、魔術の歴史が変わるぞ!!ふはは!ハーッハッハッハ!!ハーッハッハッハ!!」


「うるせぇぇぇぇッッッってんのよ!!」


「ぐぼぁっ!?」


 怒号と共に少女から繰り出されたボディブローは、少年の腹部にめり込み、彼は綺麗に倒れ込む。

その様子を見ていた少女は、両手を腰に付け、彼に向かっていい放つ。


「魔術なんてものは最初から無いでしょうが!!現実見なさいよ馬鹿兄貴!!」


 ――そう、この21世紀の日本には、魔術等存在しない。彼、佐々木慎太郎ささきしんたろうは現在、私立城西大学付属中学の二年生。


 名実伴う、“厨二病”患者なのだ。


 慎太郎が魔術に目覚めたのは、3才の頃だった。いつもの様に母と妹と共に公園で遊んでいた時、誤って滑り台から落ちて頭を強打してしまったのだ。


 慌てて病院に担ぎ込まれた慎太郎は、大した怪我も無く、翌日には無事退院出来たのだったが、その時から彼の頭の中には“魔術”の知識が渦巻き始めていた。


 “上位構造世界アストラルサイド”、“階層世界帯メンブレーン”、“魔力”、“マナ”、“エーテル”etc……。


 正に吹き出す様に溢れて来る知識に、初めは困惑した彼だったが、やがて論理的思考が伴ってくると、その魅力に取り付かれ、狂った様に研究に没頭していった。


 その様子を不審に思った両親は、幾度と無く彼を病院へと連れて行ったが、何度検査しても異常は見当たらず、結果、諦めて本人の好きな様にさせたのだった。


 慎太郎はそれからも研鑽と研究を続けた。

 幾つもの魔術道具マジックアイテムを作り出し、そしてその経験を活かして遂に究極とも言える魔導機兵を作り出す事に成功したのだった。

 

 とは言え――


「兄貴が作った、魔術道具マジックアイテムで、一つでも動く物があったわけ!?廚二病もいい加減にしなさいよね!兄貴のせいで私がなんて呼ばれてるか知ってる!?“廚二病の妹だから、廚一病”なのよ!分かってるの!?」


「…いや、動かないのは当然だ。この世界には魔力が殆ど無い。如何に私が天才でも、最低限以下の魔力では魔術道具マジックアイテムを起動させる事は叶わない…。後、彩月さつきが廚一病と呼ばれる様に成った切っ掛けは、お前が“臨場感が大事なのよ!”とか言いながら、神社で携帯の乙女ゲー画面にキスをしていたのを学友に見られたからで、私が原因では…」


「うるせぇぇぇぇッッッ!!」


「ぐぼぁっ!?」


立ち上がりながら事実を告げた慎太郎に、再び繰り出されるボディブロー。


「さっさと下りるわよ!晩御飯!!」


「……はい」


慎太郎はそっとプロメテウスを床に置き、さつきに続いて締め切った自分の部屋を後にするのだった…。

 


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