第170話 ピュア(3)

夏希と八神は床に直に座っていたが、八神は自分の上着を夏希に差し出した。


「直に座ってると冷えるから。 これ敷けよ。」


「八神さん・・」


「女は冷やしちゃいけないんだぞ、」


夏希は八神の優しさにふっと笑いながら、


「ありがとうございます。 でも、大丈夫。 そんな八神さんの上着、おしりに敷けませんから。 ほら、ここに新聞紙もあるし、」


と、新聞紙を見つけてそれを八神にも差し出す。


八神さんって


ほんとは優しいんだよね。


いっつも


憎たらしいことばっかり言ってるけど。


なんか小学生の時の同級生の男の子みたいで。


くっだらなくて笑っちゃうようなことだって。




一方、八神も


ほんと


変わったよな。


コイツ。


最初の頃は


ほんっと


性別とか超えてる感じで。


少なくとも


女ではなかったし。



夏希のゆかた姿を思い出す。


マジ・・


かわいかった。


びっくりした。



八神はそんなことを考えてしまい、ちょっとうつむいた。



その時


ぎゅるるるるる・・


デリカシーのない音が響き渡る。


「ハンバーグ、食べたいな・・」


夏希は遠くを見る目で言った。


「おまえの分はない・・」


八神もだいたい同じようになっていた。




「おなか、すいた・・」


夏希はぐったりとした。


「それを言うな。 おれだってめちゃくちゃハラ減ってんのに、」


八神もだんだんと疲労困憊になってきた。


夏希はふと高宮のことを思い出した。



心配してるかなあ・・


約束、破ったこと一度もなかったのに。


「高宮、警察に捜索願とか出してねーよな。」


八神の言葉に


「はあ?」


「ああいう頭のいいやつは、いきなり動転するからな、」


「え、あたし家出したと思われてる? どーしよ! まさか実家にまで電話してないよね??」


夏希は急に不安になり八神にすがりついた。


「知らねーよ、」


「隆ちゃん、けっこう心配性だから、」


「なにが隆ちゃんだよ! んっとにもう!」


「なんか、お父さんみたいなんです。」


夏希は笑う。


「すぐに裸足になるのはよくないよ、とか。 野菜をちゃんと食べないとダメだよ、とか、」


八神はおかしくなって、


「確かに。 彼氏ってより、オヤジだな、」


と笑ってしまった。


「あたし、ほんっと、バカだから。 隆ちゃんが難しい本読んだり、経済新聞とか読んでても。 何も言えないし。 ほんとはそういう話をできる人のがいいんじゃないかなって思ったり。」


少し寂しそうに言う彼女を見ると



こいつ


こんなこと考えてたんだ。


悩みなんか全然なさそうなのに。


高宮のことだって


深く考えないでつきあってるんだと思ってた。


「男はさ。 人によるかもしれないけど。。 女に求めるものって結局癒しなんだよね。 ってことは、やっぱ自分より賢いヤツより、ちょっと抜けてるほうがいいって。 おれは思う。 だって、仕事で、高宮なんか特に緊張を強いられるのに。 家に戻ってきてまで、難しい話はしたくないと思うよ。 おまえのバカな話聞いて。 笑って。 それでいいんじゃないの?」




夏希は八神が


こんなに深いことを言ってるのを初めて目の当たりにした。




子供っぽいって言われてるあたしから見ても


八神さんって


ほんっと


子供っぽいし。


会社のデスクにガンプラなんか置いてあって、


おかしも平気で引き出しに入ってて。


マンガも大好きだし。


まあ、だいたいは


二人で言い争いになって


いっつも


斯波さんに


『小学生か?』


って怒られて。


いつのまに


それが楽しくなって。



夏希はふと笑った。

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