第160話 パラグラフ(2)

高宮は早朝から新幹線に乗って長野に向かう。


長野駅に着いたときに思いついて電話をした。


「お兄ちゃん?」


恵だった。


「ああ、ごめん、忙しいところ。」


「もう、どうしたのよ。 結局、結婚式に来れないことだってメールの1通で済ませるし、」


「ほんと、ごめんな。 悪いと思ってる。」


「仕事、忙しいの?」


「まあ。 恵も選挙が迫ってて忙しいだろうけど。」


「お母さんや後援会のみなさんが何もかもやってくれるから。あたしは・・」


「おまえに謝りたくて。」


「え?」


「おれのわがままで大変な思いをさせてしまって、本当にゴメン。」


「どうしたの? 急に、」


「もうおまえたちに全部任せるから。 ただ、おまえの兄であるって存在でいさせてくれ。」



いったい兄が何を言いたいのか


恵には全く理解ができなかった。



「何を言ってるの。 そんなに急に離れてしまうようなこと言わないで、」


震える声で言う妹に


「どこにもいかないよ。 だけど。 おまえに全てを押し付けてしまうんじゃないかって・・」


「お兄ちゃん、へんよ。」


「また、電話するから。 城ヶ崎さん・・いや、良さんによろしく。」


高宮は電話を切った。





さて・・。


足早に駅を出た。


午前中に『用事』は済ませて駅前からタクシーを拾う。


どうしても行きたい場所があった。



静かだなあ。


平日の昼間。


寺の中は静まり返っている。


まだまだ蝉の鳴き声がして


竹林の中のなだらかな階段を上って、開けたところに高宮の墓はあった。


持ってきた花を墓前に手向ける。




『こんなさびしいところにお父さんがいるなんて思いたくないじゃない。』


夏希の母は夫の墓前でそう言って笑った。



そうだよな。


兄貴。


高宮は手を合わせて目を閉じた。


ここは本家の墓がある場所で。


父は分家になるのだが、ここにも先祖代々の墓がある。


長男である兄はここに葬られ。


分骨して東京にも墓がある。


法事や祥月命日は東京でお参りするので、


ここに来るのは


正月に来るまで、10数年ないことだった。



こんなところに


兄貴がいるなんて


おれだって嫌だ。



でももう


17年が経っちゃった。



「なんで、死んじゃったのかなあ・・」


言っても仕方がないことを、ふいと口をついて出た。


兄貴がいてくれたら。


うちは誰もが羨むような


いい家族だったかもしれないのに。


期待に


応えられなくて


ごめん。



秋の風がふうっと高宮の髪を撫でた。


兄が頭を撫でてくれたみたいに。



3時ごろにはもう東京へ戻ってきた。


まだ、間に合うか。


高宮は時計を見てタクシーに乗り込む。




夏希は走ってしまった。


なんだろ、この不安は。


仕事も早々に切り上げて、6時には社を出た。


今日一日わけのわからない不安と戦っていた。



早く


早く


隆ちゃんに。




「どしたの? こんなに慌てて。」


「へ‥」


高宮は気が抜けるほど普通に家にいた。


夏希は駅からダッシュしてきて、息を切らせていた。


「今、メシ食おうかなって思ってたとこ。 どっか、行く?」


とニッコリと笑う。




「なんでいっつも焼肉になっちゃうんだろうね、」


高宮は笑った。


「・・・」


夏希は心配そうに高宮をジッと見た。


「食べないの? 珍しいね。」


「あのっ・・」


夏希が何かを言おうとすると、


「夏希は心配することないんだよ。 ほんっと何でもないから。」


「な、なんでもなくないんじゃないですか? 長野って・・」


「けじめをつけにいっただけだから、」


「けじめ?」


「そう。 もう、こんなことでうだうだ悩みたくないから。 おれはおれで生きていきたいから。」


笑顔でそう言われても。



難しいこと


言わないで。


あたし、バカだからちゃんと言ってくれないとわかんないよ。



何かを切り込んで彼に聞きたいのだが、夏希はうまく言葉にさえできない。


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