第161話 パラグラフ(3)

いつもと同じように


彼は抱いてくれた。


あたしの目を見て。


「もう・・いいんだ。 夏希がいてくれれば・・」


少し寂しそうにそう言って、優しいキスをしてくれて。


夏希は言いようのない不安を拭い去るように彼にぎゅっと抱きついた。



彼の不安だとか


苦しみも悲しみも


あたしは言葉で包み込んであげられない。


こういうときうまく口にできるように


もっといっぱい本とか読んでおくんだった。


勉強もしておくんだった。



夏希は自分が情けなくてどうしようもなかった。




彼が


あたしを初めて抱いたとき。


あんなふうにしか


悲しみを解決できなかった彼に。


あたしは


ぜんぜん応えてあげられなかった。


もう、こうしてあげるしか


あたしにはできないのに。



「隆ちゃん・・」


夏希は彼の上に乗り、そっと頬に手をやる。


本当に自然に彼にキスをした。


自分から


キスをするのは


初めてだった。





高宮はいつもどおりだった。


会社に出ても、てきぱきと仕事をこなす。



何だったのかなぁ。


夏希は引っかかりを感じながらも、彼にその理由を聞くことはなかった。





ある晩


「結局、海行かなかったな~。」


高宮の部屋で食事をして、食後のコーヒーを飲んでいた。


「え、行ったじゃない。 いわきで。」


夏希は言う。


「サーフィンをさ。 ま、秋でもできるけど。 なかなか二人一緒に休みも取れないしね、」


「まあ、しょうがないですね・・」


その時インターホンが鳴る。


「ん?」



誰だろう・・


そう思いつつ、


「はい、」


と出ると、


「隆之介!?」


母の必死の形相がモニターに映し出された。



オフクロ?



驚いたが、母が何しに来たのかは、だいたい想像がついた。


「え! お母さん??」


夏希は慌て始めた。


「いいよ、別に。 そこにいて。」


「よくない、よくない! あたし、それでなくっても心象悪いし!」



帰り仕度を始めたが、玄関のチャイムが鳴ってしまった。


母は険しい表情でやってきた。


「なに、いきなり・・」


高宮が面倒くさそうに言うと、


「何じゃないわよ・・」


母はずんずんと上がりこんで、リビングに入ると夏希がいたので驚いた。


「あ、あなた!」


「お、おじゃましていますって・・ゆーか、こんばんは。」


間の抜けた挨拶をしてしまった。


「ちょっと! まだこの子とつきあってるの!?」


怒りの矛先が変わってしまい、


「あのさ、何を言いにここに来たの。」


高宮はため息をつく。




母はハッとして、


「そうよ。 ちょっと、どういうことなの? 隆之介!」


母はいきなりバッグから一枚の紙切れを出してたたきつけた。


なんだろ・・。


夏希は思わず覗き込んでしまった。



戸籍・・謄本・・?


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