第156話 居場所(3)

「か、会社ですか? まだ・・」


夏希は時計を見た。


「今、ホテルに戻ってきたとこ。」


「・・ひとり?」


思わず聞いてしまった。


「はあ? ひとりに決まってるだろ・・」


高宮は電話をしながら片手でネクタイを緩める。


「あ、そか。」



バカみたい・・



夏希は深く深く反省した。


「ああ、そういえば。 明日出来上がるから取りに行ってきて。」


「え?」


「ほら、指輪の直し。」


「あ、ああ。」


そういえばそうだった。


「なに? なんか元気ないね。 ゴハン食べたの? まさかもうお金なくなっちゃったの?」


ワイシャツの腕のボタンを外す。


「あ、ありますよ。 今月はまだ。」



すっごい心配してたのに。



夏希はその言葉が喉まで出かかった。


「おみやげ、なにがいい? 神戸に行くから神戸牛でも買っていこうか?」


高宮はクスっと笑う。


「って、牛ですか。」


そのリアクションにまた大笑いをして、


「牛って。 肉だよ? 嫌い?」


「・・なわけないじゃないですか。」



お土産に『牛』って


あまりにもムードがないじゃないですか。



「なんか久々に大阪支社に行ってたけど。 落ち着いてたよ。 ほっとして。」


「気になってました?」


「そりゃ。 もっともっと引き継がなくちゃならないことたくさんあったけど。 時間切れアウトって感じで戻ってきちゃったし。」


「そっか。無理に帰ってきたんですよね、」


夏希はため息をついた。


「帰りたかったからね。 どうしても。」


高宮は窓から夜景を見てふっと笑った。



胸が


きゅうううんと


音を立てた。



そして急に『里心』がついてしまい、


「・・いつ帰ってくるんですか?」


と聞いた。


「えっと来週の水曜日。 出社は木曜からだな。」


「明日の土曜! あたし午後から暇だから、部屋掃除しておきます!」


夏希はいきなり張り切った。


「えっ! 夏希が?」


「ひょっとしてあたしが掃除もできないって思ってます?」


「う~~~~ん、」



彼女の部屋はお世辞にもキレイとは言えないし。


「あたしだってやる気になれば!」


「はあ、」


「大事そうなものにはさわりませんから!」


やる気満々だった。



夏希は昨日の仕事の続きをものすごいヤル気で終わらせた。


「よっしゃぁっ~~!!」


プリントアウトも終えて、思わずガッツポーズを取った。


「電話、あったみたいだね。」


玉田は八神にボソっと言った。


「ほんっと、わかりやすすぎますね。」


八神も半分呆れてしまった。




「はめてごらんになってください。」


店員に指輪を差し出され、夏希はうれしそうにそれを手にして右手薬指にはめてみた。


それがピッタリで、嬉しそうに笑った。


「すごくシンプルですけどカワイイデザインで。 ルビーもハート型にカットしてあって。 石のランクもいいものですから。」


店員ににこやかにそう言われて、



そうかあ。


すんごい奮発してくれちゃったんだなあ。


夏希は嬉しさをかみ締める。


そのまま指輪をはめて帰った。



はあああああ、


うれしいなあっ!!



思わずぎゅっと指を握り締めて笑顔になって、スキップしてしまう。


その後、合鍵で高宮の部屋に行った。


なんか


合鍵って、いいなァ~。



などと思いながら。


高宮に珍しく、台所も部屋の中も少し散らかっていた。


まず、シンクに残った食器を洗い、周囲を拭き掃除。


彼はほとんど自炊をしないので、食器類もそんなにない。


その後はリビングに散らばった雑誌や新聞をまとめて。


床に掃除機をかけて、雑巾で拭き掃除。


そして寝室にもざっと掃除機をかけて。


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