第155話 居場所(2)

その頃、大阪では。


「じゃあ、あとは片付けておくから、水谷さんは先に帰って。」


「でも、」


「これはホクトエンターテイメントの仕事じゃないから。 厳密に言うと、明日からは今度神戸にできるノースキャピタルホテルの打ち合わせで、」


「社長の全般の秘書をされているんですか?」


「うん、まあ。 ほとんどがホクトエンターテイメントの仕事だけど。 たまに、」


「お忙しいですね、相変わらず。」


「いやいや。 ここに来た当初のことを思えば。」


高宮は理沙に笑いかける。



ほんと


もう毎日目が回りそうなほど忙しかったけど


今思えば楽しかった。


理沙はそんな風に思っていた。



「来週の水曜日までいらっしゃるんですか?」


「うん。社長は別の仕事があるから明後日帰られるんだけど。 おれはその後も残って打ち合わせで。」


「彼女は寂しいでしょうね。」


理沙はそう言ってふと微笑んだ。


「え・・」


ちょっとドキンとした。


「や、彼女も忙しいし。」


恥ずかしそうに小さな声で言った。


「うまく・・いってるんですね。」


「まあ、」


嫌味でもなんでもなく。


理沙は素直にそう言えた。




そして、ふと彼のネクタイに目をやり、


「変わった柄のネクタイですね、」


と言った。


「ああ、これ、なんだと思う?」


高宮はそれを手にして笑う。


「え・・幾何学模様??」


理沙は目を凝らす。


「ゼンマイ。」


高宮はちょっと得意そうにそう言った。


「は??」


思わず聞き返す。


「変わってるだろ? 彼女がくれたの。」


高宮はおかしそうに笑う。


「え?」


また驚く。


「センスがいいのか悪いのか。 よくわかんないけど。 でも、これを見つけてくる人って、あんまいないかなって・・」


理沙もおかしくなって笑いながら、


「ほんと、おもしろい人ですね。」


彼女と東京で会ったときのことを思い出す。


「おもしろいっていうか。 変わってんだよ、ホント。」


と言う言葉とはうらはらに


本当に嬉しそうで。


そのゼンマイ柄のネクタイもちょっと自慢げで。


理沙はもう彼の気持ちが彼女に全て埋め尽くされているとわかってしまった。




「じゃあ、おつかれさまでした。 あたし、先に帰ります。」


「ウン。 ご苦労さま。」


高宮は軽く手を挙げた。




考えないようにしよう


考えないようにしよう


夏希は家に帰ってきたものの、何もすることができずに携帯を目の前にただ座っていた。


この前だって


あたしがつまらないヤキモチを妬いちゃったから


あんな騒ぎになっちゃって。


もっともっと


隆ちゃんのこと信じてあげなくちゃいけないのに。


そう自分に言い聞かせて。




しかし


『夜、電話が来なかったらアウトだな、』


八神に悪魔のような言葉が蘇る。



「い・・いやだァ~~!」



両手で耳を押さえて絶叫してしまった。




と、そこに電話が鳴る。


「もっ・・もしもし!!」


慌てて出た。


「なに、そんなにすごい勢いで。」


高宮の声だった。


「は・・」


全身の力が抜けてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る