第157話 居場所(4)

あまりものを置くのが好きではない彼の部屋は殺風景だった。


いくらつきあっているとはいえ、プライバシーを侵害するようなことはしたくないので、引き出しの中はあけたりしない。


昔の彼女の写真とか出てきてもヤだしね。


それにしても


すっごい本の数。



夏希はその殺風景な部屋にある存在感たっぷりの大きな本棚を思わず見上げた。


彼の本棚には難しいタイトルの本が並んでいた。


夏希なら絶対に手に取りたいと思わない本ばかり。


エロ本とか


ないのかな・・。


隆ちゃんって、あんまそういうのとか興味ないのかな。


でも、男の人ってどんなに真面目な人でも、そういう気持ちあるってゆーし。



プライバシーを侵したくないと思いつつも目で探ってしまった。


その中でふと目に留まった本があった。



『日本の工場』


なに、コレ・・



思わず手に取ってしまった。


なんと工業地帯や工場の写真集だった。


「は??」


理解に苦しむ。



これ、なんのための本?


コンビナートとか・・いろんな機材とかが写ってるけど?


う~~~~~ん。


わからん・・。



それは


高宮が夏希の『料理センス』を理解できないのと


同じ仕組みであった。



本を戻そうとした時、本の間に古い写真があるのを見つけた。



写真・・。


思わず手にしてしまう。


え?


そこには


男の子と女の子と彼らの頭を撫でる笑顔の青年。



隆ちゃん?


ううん、違う。


これ・・



日付が17年前になっている。



そっか・・


この人が。



高宮の兄・慎之介だった。


そしてこの小学生くらいの男の子が彼なのだろう。



そっくり


今の隆ちゃんに


高校生くらいだと思うが、弟や妹を慈しむように包み込むような


いい笑顔だった。


お兄さんのこと


大好きだったんだろうな。



それが伝わってくる一枚だった。


この数年後


死んじゃったんだ。


あっという間に。



夏希は座り込んでその写真に見入り、気がついたら


泣いていた。



この人が生きていたら


隆ちゃんの運命も


変わったかもしれないのに。



ううん。


そしたらきっと


あたしたちは出会えなかった。



彼の心の闇になってしまった家族との関係。


その対になるように自分がいるような気がして


少し悲しい。


その時、電話が鳴る。


「おれ、」


高宮だった。


「今、隆ちゃんの部屋・・」


夏希は涙を拭って明るい声で言う。


「え、ほんとに掃除してくれてるの?」


「うん。 でもあたしの部屋のがキタナイかも。そんなに散らかってなかった。」


「んじゃ、自分とこも掃除しなさいって、」


高宮は笑う。


「えっちな本も出てこなかった、」


夏希も笑った。


「えっ・・」


高宮はドキっとした。


「そんなの、ないよ、」


小さい声でいちおう否定した。


「ウソウソ。 別に探ったりしてないから。」


「別に、探ってもいいよ。 やましいことないし、」


「なんか動揺してる~、」


「してないって。」


「あ、指輪も取りに行ってきました。 ぴったりで。」



夏希は右手をかざしてみた。


「そう・・」


高宮はふと笑った。



そして夏希は


「あたし東京に来て一人暮らしもずうっとしてて。 一人って自由でいいなあって思ってました。 寂しいだなんて一度も思ったことなくて。」


つぶやくように言う。


「え?」


「でもね、今は・・すっごく寂しいんです・・」



ほんとうに


素直に


そう口にできた。


今はもう


彼が半年も大阪に行っていていなくなっていたときのことなんか


もう思い出せない。



こうしてたった1週間離れているだけで


寂しくてたまらない。


「すぐに、帰るよ・・」


そんな風に言ってくれた


彼女が


嬉しい。



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