第144話 瞳そらさないで(2)

絶対に


今日は


夕方までに契約書を仕上げないと。



もう高宮は焦りまくりだった。


パソコンでの作業は社外ですることを禁止されている。


ということは


ここにいる間が勝負だ。



風邪と夏期休暇から復帰したばかりの北都社長は外出ばかりで、落ち着いてパソコンの前に座れない。


合間を縫ってなんとか夏希にメールをした。


しかし


就業時間中に携帯を禁止されている夏希は全くソレに気づかない。


またもすれ違いに高宮のことばかりを考えて、しんみりとしていた。




「え? どっか行った?」


「加瀬さんの話によると、夜二人で出かけたそうなんです。」


萌香は南に言った。


「連絡も取れないで、落ち込んでしまって。」


「そうかあ、」


「今日も高宮さん、社長についてずうっと外出で。」


「ほんまにもう、恋愛初心者やからな。 そんなんだけでいちいちどうしていいかわからへんのやろな、」


南はため息をつく。


「単に加瀬さんが心配しすぎなだけだと思います。 高宮さん、ほんま真面目やし。」


「あたしもそう思うんやけどな、」



ようやく社に戻ってこれたのが


夕方5時だった。


明日のアサイチまでに仕上げないとならない。


高宮はその前に夏希の内線に電話をした。


「はい、」


夏希の声ではない。


「え? 栗栖さん?」


「ああ、高宮さんですか? 加瀬さん、仕事で出かけて。 時間がかかりそうだから直帰するって。」


「直帰?」


「ええ。」




そんなあ。


今日は


今日は・・


彼女の誕生日だってのに。


ちゃんと、これも、



デスクの引き出しには小さな箱が。



携帯に電話をしても、電源が切られているようだった。



も~


約束さえできなかった。



ぐったりしたが、仕事は待ってくれない。




夏希は7時ごろ、先方を出た。


あ~あ。


一人で街中を歩く。


カップルばかり目に入り。


サイアクな誕生日。



その時、携帯が鳴る。


「は、はい、」


「あ、加瀬さん? あたし、」


「栗栖さんですか?」


「うん、あのね。 高宮さん、仕事ですっごく大変なことになってるみたいなの。」


「え・・」


「あたしがさっき秘書課に行ったら、すんごい形相でパソコンに向かってて。 膨大な下書きと共に。 これ、今日中にやらないとって言ってたから、」



「今日中に・・」



夏希はそんなことになっているとはつゆ知らず。



ほんっとあたしってば。


隆ちゃん、仕事、大変なのわかってるのに。



彼からのメールにも気づいた。



『連絡できなくてゴメン。 今、仕事でパニクってるけど、何とか今日中には終わらせる。 誕生日のお祝いもするから・・』



あたしなんかのために


そんなに必死になって。


誕生日くらい


たかが生まれた日なのに。


今さら祝ってもらう年でもないのに。



夏希は慌ててコンビニに飛び込んだ。

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