第143話 瞳そらさないで(1)

本当に


遠かった。


「タクシー代がものすごくかかってしまって、」


アカリはうつむいて言った。


「いや、ほんっと、おれの責任なんで。」


もうそう言うしかない




夏希は自室に戻ってきて、高宮から着信があったことがわかる。


慌てて電話をしてみたが


電波が届かなくて繋がらない。



はあああああ


大きなため息をついた。


「本当にありがとうございました、」


彼女の家までなんとか送り届けた。


「お大事にして下さい。 こちらこそ、ありがとうございました、」


高宮は頭を下げ、また東京までタクシーで帰るのはもったいなかったので駅まで行って下ろしてもらった。



川越駅から電車に乗ったのが


10時半。



ダメだ、もー。


会社で仕事をすることを断念せざるを得ず。


家に帰ると


疲れきっていて。


自業自得の己を恨みつつ


そのままベッドに眠り込んでしまった。



おまけに


疲労していたせいで、爆睡してしまい会社に危うく遅刻するところだった。


「す、すみません。」


秘書課のみんなに申し訳なさそうに会釈した。



しかも


今日から社長が出社していて


一日中デスクワークをするわけにもいかない。


「高宮、休み前の会議の資料、出して。」


「は、はい。」


もう泣きたかった。



「なんっか、負のオーラ出てるんですけど、」


休暇明けの八神は隣の夏希のどんよりとした空気に耐え切れず南に言った。


「知らんて、」


「また、コレですかあ??」


と親指を突きたてた。


「たぶんね。 でも、向こうから言ってくるまではな、そっとしてやりたいやん、」


南は八神の背中を叩いた。


「も、いちいちウザいんですよっ!あいつダダモレなんだもん。」


八神がボヤくと、


「想宝の美人秘書やな・・」


いつの間に志藤が背後にいた。



「どっからわいたの? って、想宝の美人秘書ってなに?」


南が言う。


「あいつってさあ、高宮に思われてる以外、・・確かなもんがなんもないやん?」


志藤は言った。


「え?」


「そやから。 ああいうカンペキな女性が現れると、焦るんやろなあ、」


「意味わかんないっスよ、」





「は~。 それでおかしくなってるの?」


「高宮、なんかしでかしたみたいで、めっちゃ焦ってるねん。 それを彼女が手助けしてくれたみたいなんやけど、」


「でも、そのために会社に来てくれるなんて、高宮に惚れてんじゃないですか? その美人秘書。」


八神の言葉に、


「かもしれへんな~。」


志藤は暢気に答えた。


「しれへんな~って。 それ加瀬が見てしまったんやろ? 二人仲良く仕事をする姿を、」


「だって、別に抱き合って、チューとかしてたとかやないねんから。 あいつもほんまいちいち鬱陶しいな、」


志藤はどんよりとする夏希を見て言う。


「も~、加瀬は普通の23の女の子とちゃうねんで。 心は中学生なんやから!」

南はちょっと夏希がかわいそうになった。


「もうそれもええかげんにせえって。 やるだけやっといて。」


志藤はふっと鼻で笑った。


「体は大人の結びつきでもね。 心はまだまだ子供。 やったとかなんて関係ないよ。」


南は志藤の腕を叩く。


「も、朝から何の話?」


八神は呆れてため息をついた。

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