第145話 瞳そらさないで(3)

誰もいなくなった秘書課でひとりパソコンに向かう高宮に内線が鳴る。


「なんだよ、も~~」


イラついて出ると


「はい、そうですが。 ・・え?」



慌てて暗くなったロビーまで降りていく。


するとアカリが紙袋を手に立っていた。


「宮沢さん、足は。」


「たいしたことないです。今朝、病院に行ったら捻挫だそうで。 今日は車で出勤しましたから。」


と笑う。


「そうですか、」


ホッとした。


「高宮さん、あたしのせいでゆうべ会社でお仕事ができなくなってしまったんじゃないかと思って、まだいらっしゃるかなあと。」


聡明な彼女らしく勘の良さにびっくりする。


「今日も外出ばっかりだったもんですから、」


「これ、今ホテルで買ってきました。 お食事もできないんじゃないかと思って。 冷たいスープです。 ビシソワーズ。 あと、BLTサンドと、」


アカリは高宮に紙袋を渡す。


「え、これを、わざわざ?」


「明日に間に合いますように。」


美しい笑顔でそう言った。



さすが、想宝の社長自慢の秘書。


高宮は彼女の気遣いにふっと顔が緩んだ。



しかし


その時


すごい勢いで会社に飛び込んできた夏希は


「え・・」


その光景に凍りついた。




高宮とアカリは彼女の勢いのいい靴音にパッと振り向いた。


「夏希・・?」


夏希はショックで手に持っていたコンビニの袋を落としてしまった。


「ど、どうしたの?」


高宮が歩み寄ろうとして、その袋からたくさんのおにぎりやサンドイッチが見えてハッとした。


「これ・・」


夏希はその瞬間、高宮が手にしていた紙袋に食べ物が入っているのを見てしまう。


慌ててしゃがんでそれらを拾い上げ、


「な、なんでもないです!」


また袋に押し込んで、そのまま走り去ろうとした。



「おい!」


高宮は慌てて彼女を追いかけた。



もう恥ずかしくて


惨めで。


涙が溢れる。



あの彼女から紙袋を手渡されて、嬉しそうに微笑む彼の顔を見てしまった。


「待てって!」


高宮は足の速い彼女にようやく追いつき、腕を掴んだ。


「も! 離してください!」


「・・か、彼女はね、」


と説明しようとすると、


「もういいから! あたしなんか、どーせ・・どーせ! そんな気が利いたホテルの食事なんか買ってこれないし!」


「何を言っているんだよ、」


「隆ちゃんが仕事で困ってても! バカだから助けてあげられないし!」


もう子供のように泣き喚く。


「落ち着けって、」


「たっ、誕生日なのに。」


夏希はしゃくりあげながら言う。


「え、」


「一緒にいたかったのに・・」


手で涙を拭う。



「・・それは、」



もちろんわかってたよ。


そう言おうとしたとき、



「さよなら、」


いきなり夏希はまたすごい勢いで走って行ってしまった。


「わ! も~~! 待ってくれって!!」


高宮はとっても追いつけなかった。



とぼとぼと会社に戻ってくると、心配そうにアカリが待っていた。


「だいじょうぶ、ですか?」


彼の顔をうかがう。


「あ、すんません、ほんと。」


高宮は力なく笑った。


「彼女、ですか?」


「まあ。 ほんっと、めちゃくちゃ足が速くて、」


「誤解されたでしょうか。 あたし、余計なことを、」


「いえ。 そんなこと、ないです。 ほんっとありがとうございました。 あとは一人で頑張りますので。 気をつけて帰ってください、」


高宮は苦笑いをしてそこから立ち去ってしまった。




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