第101話 愛するということ(1)

シンとした空気が続く。


「ごめんね。」


高宮はまた謝ってしまった。


「もう、謝らないで下さい・・」


夏希はうつむいたまま言った。


「ゴハン、食べれてるの? なんか、痩せて、」


「さっき、栗栖さんのところでコロッケを食べましたから。 すっごくおいしくて。 カニクリームコロッケだったんですけど、あたしこんなのがおうちで作れるなんて、びっくりして。 ほんっと美味しかった。」


食べ物の話を嬉しそうにしてくれる。


いつもの彼女のような気がして少し落ち着いた。




「おれは覚悟してたんだ、」


「え?」


「もう、きみから嫌われたって思ってたから。 もう、一緒にはいられないんだなあって、」


「高宮さん、」


「もし、そう言われたらおれは頷くしかないなって、思ってる。」


静かに話す彼は、いつもの彼だった。



夏希は恥ずかしくなって彼の顔を正視できずに、目を逸らしながら、



「さっきも、言ってたけど、あの時の高宮さんも・・高宮さんなんですよね?」


と小さな声で言った。



高宮は少しためらったが、


「ウン、」


と頷いた。



「きみが、好きだから。 大好きだから。 抱きたかった。 あんなふうに自分を失って、してしまったことを、本当に後悔してる。 もっともっと大切に、大事に・・って思っていたけど、いつかは、そうしたいって思ってた。」


高宮は志藤に言われたとおりのことを言ってしまった。



「え・・」


夏希はようやく高宮の顔を見た。



「大人ぶってそういうことが全てじゃないとか、言ってしまったけど。 ほんとうはきみが好きだから、きみに触れたい、キスしたい、抱きしめたい、そして、抱きたいってずうっと思ってた。」



高宮は自分の本当の気持ちを彼女にぶつける。



「な・・」


夏希は真っ赤になってしまった。


「男としてのすっごいヤな部分を、きみに見せたくなかったんだ。 それを、酒の上とはいえ、あんなふうにバクハツさせてしまうなんて、・・最低だよ。」



夏希は本当に弱い自分をさらけだす高宮に胸が痛くなる。



ふらっと立ち上がり、テーブルを回り込んで彼に近づく。



「え?」



気がついたら、彼に抱きついていた。


「か、加瀬さん???」


突然のことに高宮は驚く。


「・・あ、あたしにだけそう思ってるんですか?」


夏希はポロリと涙をこぼした。




高宮はためらいながらも彼女の背中に手を回す。



「そうだよ。 きみが好きだから。」


ぎゅっと抱きしめた。




一瞬


あの時のことを思い出してしまい、怖くなったが


夏希はそれを振り切るようにもっともっと力強く彼に抱きついた。




あれから


どのくらいの時間が経ってしまったんだろう。



あの日から時計が止まってしまったような気がしていたけれど


時間は確実に過ぎ去っていたようだった。



だって


あの怖さが


少しずつ消えている。




そっか


好きだから


好きだから、



こうやって


許せるんだ。



夏希はいっぱいになった心から熱いものがこみ上げる。


それが涙になって頬を伝わった。



「高宮さん・・」


「え?」


「・・もう、一度、」



夏希は彼から体を離した。




「もう一度、抱いて下さい・・」



吐息でつぶやく彼女に


高宮は心臓の鼓動が大きくなる。



「えっ・・」



「乗り越えるのにはもう、そうするしかない気がして。 あ、あたしのことが好きなら・・」



いつもならこんなこと


絶対に口になんか出せない。




怖いけど


好きな人なら、きっと許せる。



「いいの・・?」


高宮は信じられなかった。


夏希は涙の顔で頷いた。


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