第100話 夏の扉(3)

ひとりの部屋に戻って


シンとした空間に身を置いて。



夏希は大きく深呼吸をした。


そして、勇気を出して携帯を手にした。


電話帳で高宮の番号を呼び出す。


3コールほどしたあと、




「もしもし?」



高宮がびっくりしたような声で出て、ドキンとした。


「・・あのっ」


夏希は胸のざわつきを押さえながら、


「あたし・・明日から仕事に行きます。」


と小さな声で言った。


「え・・」


「カンペキ大丈夫とかじゃないですけど。 でも、今は外に出たいなって、思えるようになって、」



高宮は久しぶりに夏希の声を聞いて、胸がいっぱいになった。



「・・そっか」



「それで、あの、」


夏希はどうやって何を切り出そうか、わからなくなり言葉が止まってしまった。



会話が途切れて


高宮はボソっと、



「ごめん…」



と言った。



「え、」


「ちゃんと、言いたかったし。 もう、おれ、一生、酒飲まない。」


「高宮さん、」


「きみにしたこともゴメンなんだけど。 もっともっとおれはきみに謝らないとならないことがある。」



彼はいったい何を言おうとしているのか。


夏希はドキドキした。



「きみに。 嫌われたくなくて。 自分を装って。 ほんとはね、何度も何度もああしたかったんだと、思う。」



高宮はポツリポツリと自分の気持ちを話し始めた。


「いい人ぶって、我慢して。 ほんっと、好きだから。 自分のものにしたくって・・全部。 自分のものにしたくって、」


「高宮さん、」


夏希は意外なことを言い出した高宮に驚いた。



「あれはホントのおれだから。 それを、もし受け入れてもらえなかったら。 もうダメなんじゃないかって。 あんなことで動揺して、自分を見失って。 飲めない酒を飲んで、前後不覚になる弱い自分が、ホントのおれだから・・」



胸が


苦しい。



夏希は携帯をぎゅっと握り締めた。



彼のことが


愛しくて


切なくて


たまらなかった。




「あの・・」


「え?」


「・・行っても、いいですか?」


夏希は震える声で言った。


「え、」


高宮は驚いた。



「・・会って話を、」


「加瀬さん、」


まさか


彼女が会ってくれるとは思いもしなかった。



「ま、待って。 もう11時だし。 おれが、行くから。 ・・行っても、いいの?」



高宮は心臓の鼓動が押さえ切れなかった。


「え、でも、」


「こんなに遅いと、危ないから・・」




夏希は


彼と二人きりで会うことが


怖くないわけではなかった。




それでも今は


彼に会いたいという気持ちのほうが強くて。


自分を抑え切れなかった。




いいんだろうか。


高宮は迷いながらも夏希のマンションへ行く。



でも


会いたい。



インターホンを鳴らすと、夏希がのそっと出てきた。


高宮の顔を見て、やっぱりドキンとする。



「ど・・ぞ、」


そっとドアを開けた。


「うん、」


高宮も、もう心臓がバクハツしそうだった。



「あ、なんかお茶とか用意してなくって、水。」


夏希は冷蔵庫から小さいペットボトルの水をそのまま彼に差し出す。



水・・。



それを手にやや呆然とすると、



「あ・・ちがっ。 コップとかに入れますよね、普通。」


夏希は慌てた。


「え、いいよ。 ごちそうさま。」


高宮はにっこりと笑う。




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