第89話 後悔(2)

南は座ったまま夏希を優しく抱きしめながら、


「・・怖かったやろ?」


母親のようにそう言われて、夏希は南に抱きついて、もっともっと泣いてしまった。


「好きな人やから、怖いとか、嫌だとか。 思ってしまった自分が嫌なんやろ? でもな、ええねん。 嫌なら嫌で、」


「な・・なんっか・・ほんっと高宮さんじゃないみたいで。 もう、怖くて・・体、動かなくて・・」


泣きじゃくる彼女の頭を撫でる。



「うん。 ほんまになあ・・男って弱いもんやん。 あんたにとってはショックかもしれへんけど、その高宮も高宮やねん。 それを全部受け入れられないなら、それはしょうがないと思う。 女だって好きになったらその人に体中、ぜんっぶ愛してほしいって思うもん。 その人の全部が欲しいもん・・」



彼女にとってショックであろうことを

南は敢えて口にした。



「全部・・?」

夏希は涙の顔でしゃくりあげながら言った。


「うん。 あれがね、高宮って人間の全部やん。」


夏希は泣きながらぎゅっと胸の前でこぶしを握った。



「会社も、ようなったらくればいい。 仕事は何とかなるし。 みんな、ほんまに心配してるけど、あたしがついてるって言うし。 高宮にも。 自分が会えるって思ったら会って話しをすればいい。」

南は優しく言う。



夏希はようやく涙が止まってタオルで顔を押さえた。


「情けなくて。こんなことで、こんなになってしまって、」


「だから。 もう自分を責めたらアカン。 加瀬にとってはすんごい衝撃やったんやから。 今はゆっくり休むんやで。」


南は夏希の頭を撫でた。





高宮は南から夏希に連絡を取ったり、無理に会いに行ったりしないように言われていた。



それでも

思えば思うほど。

彼女が愛しくて。



このまま

彼女から別れを告げられるのではないか、と

そればかりを思っていた。



「まあ、時間が過ぎるのを待つって言うか。 加瀬もその間にいろいろ考えるところもあるかもしれへん、」

南は高宮をシンとした資料室に呼び出した。



「おれ・・彼女にどうやって、償ったらいいんだろう、」

高宮はそればかりを考えていた。



「償いなんかしなくてもええねんて。 だって、やり方は問題やけど、そういう面だって、高宮の一部やん。 いつまでも紳士ではいられない。 いい人の仮面被ってたりすると、いつかは疲れてくるしな。」

南はふっと笑った。


「加瀬はいちおう、23の立派な大人やけど。 そういう意味ではまだまだ子供。 大人になりきってへんし。 加瀬にとっても、なんて言うか・・自分を見つめ直すいい機会かもしれへん。」



そうだとしたら。

『子供』にするようなことじゃなかった。



高宮はまたも後悔の念が渦巻く。



夏希は全ての雑念を追い払うかのように、仕事も休んでベッドでぼーっとしていた。



今日って・・いったい何曜日なんだろう。



窓の外の日差しはもう夏だった。

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