第61話 蕾(1)

「でも、味はまあまあおいしかったよ、」

なんとかそれを食べて高宮は言った。


「よかった。 後からおなか痛くなったりしませんかね?」


「それは、わかんないけどな~。」

とコーヒーを飲む。


「ちょっとくらい否定してくださいよ、」

夏希は膨れた。


高宮はそんな彼女の顔を見て、さっきのことを思い出してまた笑ってしまった。


「も~・・いったい、なにがそんなにおかしいんですかあ??」


「ごめん、ごめん。 ほんっと・・おもしろいね、」


「へ?」

と聞き返す彼女に、また笑いのツボに入ってしまった。


「今度はなんですか?」


「なんで・・いっつも『へっ?』って言うの? そんときの顔もおかしいし、」


「はあ??」

夏希は高宮のツボがわからない。


涙流して笑ってるし。


「高宮さんって・・変わってますよね、」

そんな彼女にそんなふうに言われて、また笑ってしまった。



その後も少し片づけを手伝っていたが、

「あ・・もう10時半だ。 送るから、」

高宮は立ち上がった。


「え・・」


夏希も時計を見た。


座ったままの彼女を見て、


「なに?」

高宮は言った。



『誘ってみれば?』


『いきなり抱きついちゃうとか。』


春奈に言われた言葉を思い出す。


ど、どーしよ・・。


「加瀬さん?」

座り込んだままの彼女に高宮は声を掛けた。


夏希は、えいっ!っと気合を入れるように立ち上がったかと思うと

いきなり彼に抱きついた。



えっ・・?


これには高宮が驚いた。


抱きついたはいいが、どうしていいかわからず夏希は黙り込んでいた。


「どう・・したの・・?」

高宮はようやく口を開いた。


その問いにも

答えられない。


自分で自分の気持ちが

全然、わからない。


高宮は何も言わない夏希の背中に手を回す。



・・・・!



夏希の心臓が確かにドキンと音をたてた。


高宮は優しい声で、

「帰ろ・・」

と言った。


その瞬間、夏希は心の底から声が湧き出てきた。


「い、嫌です!」


「加瀬さん・・」


高宮は少し体を離して彼女を見つめた。


「か・・帰らない・・」


少しかすれた小さな声で夏希はそう言った。



高宮は彼女の気持ちを量りかねていた。


そんな気持ちのまま、スッと唇を寄せた。


最初は軽いキスで。

それが

どんどん

濃厚になり。


高宮は彼女の頭を抱えるように激しいキスをする。


ん・・

苦し・・・。


今までにないほどの激しいキスだった。


『彼が全然違う人になちゃったみたいで・・・』


また春奈の言葉が脳裏に浮かぶ。


高宮はそのまま夏希をソファに押し倒した。


夏希はなんだか怖くて目をぎゅうっとつぶった。


彼の息遣いが

いつもと違う。


怖い・・。


彼の体の重みも少し怖かった。


そして、その瞬間ハッとした。


この前

母が渡してくれた代物を。


『子供ができたりするようなことが、ないように。』


『いくら好きな人とでもそのことで運命を変えてしまうので』



あの手紙のことも。


夏希は高宮の両腕をぎゅっと掴んで唇を離した。

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