第60話 近づく(4)

その時、インターホンが鳴ったので慌てて、そのカップをテーブルの上に置いてカギを開けた。


「なんか電話終わらなくて。 ごめん、おなか空いた?」

高宮は笑顔で戻ってきた。


「ううん・・大丈夫です、」


「台所、片付けてくれたの? ありがと。 一番最後になりそうな所だったから、」


「洗っただけです、」


高宮がふっとテーブルの上を見ると、例のマグカップが置いてある。


「あ・・」


視線を止めた。


夏希は焦って、

「す、すみません! か、かわいい・・カップで・・」


慌てて片付けようとしたが、その手紙も開いたまま置いてあるのを見られた。


「すみません!」

恥ずかしくなって頭を下げた。


「や、いいよ。 別に。 これ、水谷さん・・あの支社長秘書の子がくれたんだ、」

高宮は少し苦笑いをしながら言った。


夏希は彼女の手紙を呼んで、気持ちが伝わってきてしまい、ものすごく複雑な気持ちだった。


本当に

高宮さんはあのかわいい人に気持ちが揺れなかったんだろうか。


そう思うだけで胸がつまる。


「彼女も最初は頼りなかったけど。 すごく逞しくなって。安心かなって。」


あたしと1つしか違わないとか言ってたっけ。


そんな人が

支社長秘書だなんて。


すんごく

頑張ったんだろうなァ。


夏希は複雑な気持ちになった。



「あ、あのね。 なんでもないから。 ほんっと。 まあ、最後にお礼に・・食事をおごってあげたりしたけど、」


高宮は何も言われていないのに慌ててそう言った。


それでも

彼女に揺れそうになった現実があるだけに、強く言えずに。

ものすごい気まずい空気になってしまった。


それを打ち破るように


「ご・・ごはん作りましょうか!」

夏希は言った。


「えっ・・」

高宮はぎょっとした。



そっちの展開??


「買い物、してきたんで! またパスタでもいいですか~?」

明るく言う彼女に、


「はあ・・」

なんとも曖昧な返事をしてしまった。




「これは・・」


しばらくして夕食が出来上がった。


「キャベツとシーチキンのパスタで~す。 前に家に何にもないときに作ったらけっこうイケたんで!」

夏希は満面の笑みで言う。


う~~~ん。


この前のカルボナーラは

かなり普通に美味しかったが。

あれは栗栖さんに手ほどきしてもらったんであって。


これは

彼女が『何もない時』に作ったヤツなんだよなあ。


色んなことを一瞬にして考えてしまった。


「い・・いただきます。」

少し勇気を出して、ひと口食べた。


夏希は彼の表情を伺う。


「・・・・」


「どう、ですか?」


高宮は険しい顔でもぐもぐと口を動かし続けた。


「固いよ・・」


「え?」


「パスタが・・固い・・」

まだ口を動かしていた。


「え~? ほんとですかあ? これ、アルデンテがおいしーんですから、」


「アルデンテにもほどがあるよ・・」


だんだんおかしさが湧き出てきた。


「そうかなあ・・」

夏希も食べてみた。


「ま、ちょっと、芯が残ってますかね、」


「ちょっとじゃないよ。 時間とか見たの?」


「一応。 あ、そっか。 ちょっと塩味が足りないんですよね?」

またピントの外れたことを言う彼女がおかしくて、むせながら笑ってしまった。


「大丈夫ですか? 水、」

慌ててミネラルウオーターのフタを開けた。


「味じゃなくてさ・・」

笑いが止まらない。


だから、パスタが固いって言ってんじゃん。


「レンジでチンしてきましょうか、」

とまで言われて。


そういう問題じゃない・・。


と思っただけで、また笑いがこみ上げた。

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