第59話 近づく(3)

翌日。


「あ、おはよ。」

資料室にいたらいきなり高宮が入ってきたので驚いた。


「お・・はよ、ございます・・」


「昨日、友達来たの?」


「え・・はい。 泊まっていっちゃいました。」


「野球部の友達?」


「はい。 彼女、ショート守ってて。 すっごく足が速くて。 小柄だけど運動神経抜群で、」


「ふーん。 部活友達っていいよね。 おれ、中学の時、バスケやってたんだけど。 高校からアメリカだったし、あんまりこっちで友達いないし。 まあ、でも、そのバスケやってた頃の友達とはまだたまに電話とかするし、」


資料を手にしながら言う。


「はあ・・」


一瞬の間があってから、


「部屋・・片付きましたか?」

夏希は突然に言った。


「え? まだまだだよ。 ほんっととりあえず荷物だけ運んでるだけだし。 今寝起きしてるのも、まだマンスリーマンションの方だしね。 一応、毎日行っては整理してるけど。」

と笑う。


「手伝います。 行っても、いいですか?」


もう口だけが考える前にペラペラとしゃべり始める。


「え・・?」

高宮は手が止まって、少し驚いたように彼女を見た。


そのリアクションに夏希は恥ずかしくなり、視線を資料のほうに戻した。


「や・・あの、迷惑だったらいいんですけど、」


「来て、くれるの?」

高宮はにっこり笑った。


「え・・」


「今日は7時ごろには帰れると思う。 きみのが先に終わるだろ? これ、」

ポケットから取り出したマンションのキーを渡されてしまった。


「は・・はい。」


心臓

バクバク状態で

呆然と頷いた。


自分から

言い出したこととはいえ。


一回帰ってから、オフロ、入ってきたほうがいいかな。

下着もかわいいのにして。


夏希は激しく妄想に陥った。


しかし


バカみたい・・。


我に返りため息をつく。




カギを開けて、荷物がいっぱいの彼の部屋に入っていく。


毎日、片付けてるって言うけど

ダンボールだらけだし。

ほとんど終わってないじゃん。


夏希はふっと笑ってしまった。


洋服と本以外のダンボールはほとんど手付かずだった。


『食器』

と書かれたダンボールを開けて、皿やグラスを出して洗っていった。

すると。


ひとつだけ箱に小さな箱に入っているものがあった。

封が切られていたので、それを開けてしまった。


ミントンのマグカップ。

すごくセンスがいい。


そこに一緒に手紙が入っている。


手紙・・。


いけない、と思いながらも見てしまった。



『短い間でしたが、大変お世話になりました。 高宮さんがいなくなってしまうのは不安で寂しい気持ちでいっぱいですけど、もう、一人で頑張って行かなくてはならないんだなあと思わずにはいられません。この半年間はいろんなことがあって、私の気持ちの中も怒涛のように過ぎていった時間でした。まだまだ自分の気持ちに整理をつけることができてきませんが、私と高宮さんは歩いていく道が違っているのだ、と自分に言い聞かせながら仕事を頑張っていきます。 また、こちらに来ることがありましたら寄ってください。 水谷理沙』



水谷さん・・。


夏希はその手紙を読みながら彼女のことを思い出す。


『私には高宮さんが必要なんです!』


あの時のことも。


彼女は間違いなく彼のことが好きだったはずなのだ。



『寄ってください』

って。


個人的に彼女の所に寄ってくださいって、ことなんだろうか。


夏希は胸がズキズキと痛くなった。

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