第62話 蕾(2)

「え・・」

高宮が驚いて彼女の顔を見ると、


その目が

潤んでいて、ぎゅっと唇をかみ締めて。


みるみるうちに涙がこぼれてきた。


「加瀬・・さん・・」

高宮はゆっくりと起き上がった。


「ごっ・・・ごめんなさい! ごめんなさい、・・あたし、」


「な・・泣かないで・・」


彼女の気持ちがわからず、戸惑う。




「な、なんか! あたし・・どうしていいかわかんなくって・・」

夏希は起き上がって高宮から目をそらした。


「どうしていいか?」


「つ、つきあってるのに。 なんか、どこかで高宮さんのことカレシって呼べるほど・・受け入れてないっていうか。」


支離滅裂なことを言う彼女が

なにを言いたいのかよくわからなかった。


彼女が何を迷い、悩んでいるのかがぼうっと輪郭だけ見えてきたような気がした。


「昨日、来た友達にも。 思い切ってぶつかれ的なことを言われて。 頭、混乱して。 でっ・・でも! この前・・お母さんが。 なんか知らないけどすんごいたくさん・・コンドームをくれちゃって、」


その話には


「はあ?」


いきなり緊張の糸がぶっつり切れた。


「子供だけは作っちゃダメだみたいな。 手紙までご丁寧につけて。 そんなの! 23にもなる・・娘に普通、言うかって。 ほんっとバカらしくなったんですけど! なんか・・そのこととか思い出してしまって・・」


夏希はわんわんと泣き出した。


は・・。


高宮は一生懸命、夏希の頭の中で辿られたであろう思考を組み立てた。


そして、ふっと笑って、


「そうだったんだ・・」


と言った。


「へ・・?」


夏希は涙でぐしゃぐしゃな顔で振り向いた。


その顔がまたおかしくて、高宮は吹き出して、

「ハナ・・出てるし、」

とティッシュを差し出した。


「ず・・ずびばぜん・・」

夏希はハナをかんだ。


「まあ、だいたいのことはわかったから。 でも、まあ、無理しなくってもいいんじゃない?」

高宮は軽く言う。


「え・・?」

夏希は彼の意外な言葉に目をぱちくりさせた。


「なんかね、そういうことが一番じゃないって言うか。 まあ、男だから? 好きな女の子を抱きたいって気持ちはあるよ。 たまらなく思うこともある。 だけど、それがないからって加瀬さんのことをきらいになるとか、冷めるとか。 そういうのはないから、」


「高宮さん・・」

夏希は彼の言葉に手で涙を拭った。


「さっきみたく。 一緒にゴハン食べて。 きみが、おかしくって大笑いしたり。 何気ないことを話しているだけで、楽しいんだよ。 おれは・・」


「あ、あたしがおかしいからってつきあってんですかあ??」

それはそれで複雑だった。


「違うって。 ほんっとそうやって素直なトコとか。  そういう所が好きだなあって。」


高宮はいつものようにストレートに言ってくる。


「え・・」


「お母さん、本当に心配してるんだ。 なかなかそこまでできるって人、いないよ。 本当に娘のこと考えてる。この前、おれにもね。 何でも経験だからって。 心配しながらもちゃんと見守ってるって感じで。 いいお母さんだなあって、」


彼女の肩に手をかけてそっと引き寄せた。

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