第46話 初めての気持ち(1)

高宮にしてみれば。


ネクタイの一件で、夏希の面倒を見なければ、と一方的に保護者的気分になっていた。

いつもおなかを空かせていて、そのくせ

通販でくだらないものを衝動買いしてしまったり。


ほんと

危なっかしくて見ていられない。



夏希は

その

『重苦しい気持ち』

がなんなのか。

わからないまま。

時間が経って。


それが、

実家に戻る日が近づくにつれさらに重くなっていくのだけは

何となくわかっていた。


バッグにちょっとした着替えだけを詰めて。

仕度をしていたが。

ほんの少しの仕度なのに。

全く手が進まない。


そして

深いため息をついた。



そうこうしているうちに

当日になる。

夏希は朝、思い切って母に電話をした。


「あ・・お母さん? あのね・・」


「ん? まだ家?」


「うん。 あの・・朝からおなかがいたくって、」


深く考えもしないで言葉が出てしまった。


「え? あんたがおなか痛いなんて、どうしたの?」


「昨日、食べ過ぎちゃったかも。 それで、ちょっと行けそうもないっていうか、」



ウソをついた。

ドキドキした。


「そう。 今日は休みで病院もやってないんじゃないの? 大丈夫?」

自分を心配してくれている母に胸が痛い。


「大丈夫、寝てれば治ると思うから・・」


「そう? もう、腐ったもんとか食べたんじゃないでしょうねえ、」


「食べてないって。 ほんっと、ごめんね。 夏休みには、絶対に帰るから、」



どーしよう。

ウソついちゃった。


自分で自分の行動が理解できない。

自己嫌悪で落ち込んだ。




高宮は休日も出勤して、たまった書類を整理していた。

他に出勤するものもおらず、ひとりで秘書課で仕事をした。


そこに

人の気配を感じて顔を上げると、夏希が立っていた。


「あれっ? どうしたの。 実家、帰ったんじゃないの?」

驚いた。


「はあ・・」

夏希は気まずそうにうつむきながら近づいてくる。


「はあ、って、」


「・・行くの、やめちゃって。」


「え?」

わけがわからない。


「なんか、おなか痛いって・・ウソ、ついちゃって・・」

情けなさそうに彼に言う。


「ウソ??」


夏希は彼の隣の空いている席に座ってため息をついた。


「なんか、行きたくなくなっちゃて、」


「なんで? ケンカでもしたの? お母さんと、」

と言われて首を横に振る。


「じゃあ、なんで。」

黙ってしまった。


「元気もないし。 しかも、今日仕事で来たわけでもないんでしょ?」


「はあ・・」


「お母さん、楽しみにしてたんじゃないの? そんなウソついて。 心配するよ、」

ちょっと諌めるようにそう言うと、


「やっぱ・・そーかなあ・・」

夏希はさらに胸がズキズキと痛んだ。


そしてデスクに突っ伏した。


「そうだよ。おなかが痛いなんて、」


さらに責められて、プチっと切れてしまった。


「わかってますよっ! そんなこと!」

泣きそうだった。


「逆ギレしちゃって・・」


そんな風に言われて、夏希はカチンときた。


「帰ります!」


ガバっと立ち上がって、ずんずんと部屋を出た。



なんなんだよ・・全く。



高宮はムッとした。

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