第38話 いよいよ帰る(3)

「ごめんなさい、」

夏希は昼休みに携帯で高宮に電話をした。


「しょうがないって。 夜は大丈夫でしょ?」

高宮に優しく言われて、


「はい、」

夏希は頷いた。


今は

仕事が優先。


覚えることたくさんあって。

それでなくても

仕事の覚えが悪くて、みんなに迷惑を掛けてるのに。

がんばらなくちゃ。



音楽のこともイチから勉強をしている夏希ににとっては、わからないことがあるとその度に斯波や玉田に教えを仰いだりするので時間がかかる。


「じゃあ、出演者のリストと、あとゲストはこちらで。」

日曜出勤でレックスに出向いて仕事をしていた。




あ~、着いた~。


高宮は再び東京駅に降りたって、伸びをした。


もう

本当に帰ってきたんだあ。


ふうっと息をつく。

迎えに来ると言っていた彼女が来ないのは、少し寂しいが。


仕事、頑張っているんだろうな。

初めて一人で任されたって言うし。


社会人2年目になって

何もかも夢中で。

一生懸命な夏希のことを思い浮かべた。



「だからさ、それはこの前言ったじゃん。 ちゃんと書いておきなさいって。」

牧村は夏希に言った。


「す、すみませんっ! あ~、また電話番号調べなくちゃ。」


「全く、」

彼はため息をついた。


「て言うか。 すぐ、向こうの事務所に行って話、つけたほうがいいかも。 今日、担当の人出社してるって言ったから。 アポの電話だけして。」


「は、はい。」


「斯波さんに電話しよっか?」


「いえ! 本当に。 牧村さんにはご迷惑をかけておりますが! 斯波さんは、すっごく厳しくて。 全然、助けてくれないんで。 ほんっと、あたしがバカだから、」


牧村はふっと微笑んで、


「じゃ・・頑張らないとね、」

優しくそう言った。



それから牧村に音楽事務所についてきてもらい、全てが終わったのがもう8時を回ってしまっていた。

牧村に何度も何度も頭を下げて別れた。



「お、遅くなっちゃって。 ごめんなさい。」

夏希は歩きながら高宮に電話をした。


「いいよ。 メシ食わないで待ってた。 今、どこ?」


「えっと、外苑前です。」


「んじゃ、行くから。」



声のトーンは

大阪にいるときと全く同じなのに。


今はすぐそばにいるんだ。



夏希はそう思うとドキドキが収まらなかった。




30分ほど夏希は待ち合わせ場所で待っていた。


すると

高宮が走ってやってくる。


「ごめん。 なんか服を探すの手間取っちゃって、」

息を切らせた。


目の前にいる高宮を見て、夏希は目をぱちくりさせた。


「髪・・」


「え?」

と髪に手をやる。


「へん?」

以前はわりと長かった髪を耳が出るまで切ってしまっていた。


「ううん、似合います。 すっごく!」

夏希は笑顔で言った。


「加瀬さんは、また髪が伸びたね。」


「え・・。あ~。 なんか美容院、いっつも優先順位低いんで。 お金なくなっちゃって行かれないんですよ。 伸びっぱなし。」

夏希は笑った。


あの正月の長野から

3ヶ月会っていなかったのに。

以前と同じように会話ができる自分にも驚いた。


もっともっと

意識して何もしゃべれなくなってしまうんじゃないか、と思ったりもした。



「おなか、すいてるだろ? 行こう。」

高宮は笑顔で自然に彼女の手を取った。


手っ・・。


繋いでる・・。



夏希はその一瞬で心のメーターが振り切れてしまったような気持ちだった。

このドキドキが彼に伝わってしまうんじゃないかと思うほど。

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