第36話 いよいよ帰る(1)

桜の花が

満開だった。


夏希はスーツに似つかわしくない

全力疾走をしていた。


おっ

遅れるっ!!!





ここは

久しぶりだな。


高宮は社長室に入っていった。


「高宮くん。 ご苦労さま、」

真太郎がにこやかに出迎えた。


「あ、いえ。 なんかまだゴタゴタしてて。今日もこれからトンボ帰りで大阪に、」


「そう。 とりあえずのマンスリーマンションは手配してあるから。 あとで総務に行ってくれる?」


「あ・・はい、」



そこに北都社長が入ってきた。

高宮は慌てて一礼する。


「ごくろうさん。 いろいろ大変だったな。」


「・・お役に立てたかどうか、」


「芦田もおまえがいてくれて本当に助かったと言っている。 今日からは、」


社長はデスクの引き出しから辞令を取り出した。


「よろしく、頼む。」


「はい、」


身が引き締まる思いで、それを両手で受け取った。



その時

本当にこっちに戻ってこれたんだ、と実感せずにはいられなかった。


「デスクはそのままになってるよ。 荷物あったら向こうから送って、」

真太郎は秘書課に戻ってそう言った。


「ハイ、」


またここで仕事ができる。


そう思うとじわじわと嬉しさがこみあげてくる。


「お。 無事帰還したな、」

志藤が入ってきた。


「あ・・ども、」


「デスク、残っててよかったなあ。」



すぐ

そんな冗談ばっかり。


前はそんなのも鬱陶しいだけだったのに

今は

にっこり笑うことができる。


「あ、高宮! ひっさしぶり~~!」

南もやって来た。


この人の

騒がしさも

同じように。


そして

何も言っていないのに、


「加瀬、さっき外出だって走ってでかけたよ。」

と言ってきた。


「え?」


「今ね、7月にあるチャリティー音楽祭のことで企画の見習いみたいなことやってるの。 レックスの人たちと一緒に。 すっごい張り切ってる。」


「そう、ですか。」


その姿を想像して

ふっと微笑んだ。



う・・。


夏希は胃の辺りを押さえた。


「どうしたの? 具合悪いの?」

レックスの牧村は彼女の顔を覗き込む。


「い・・いえ・・」


この前

彼から思わぬ告白を受けて、本当に戸惑ったが。

斯波からもようやくお許しが出てまた一緒に仕事ができるようになった。

牧村が今まで通り自然に接してくれることに

自分が意識してはいけないと思い、以前と同じように仕事をしていこうと思っていた。


「おなか、痛いの?」


「だっ・・大丈夫ですから!」


「だって、痛そうじゃない。 無理しないで、」


「ほんっとに! お・・おなかが空いちゃっただけですから・・」

仕方なく顔をひきつらせて言う。


「おなか空いた?」

牧村は呆れた。


「お昼、食べてないの?」


「はあ・・」


「朝は?」


「食パン一枚・・」


「ゆうべは?」


「おにぎり・・1コ、」


「なにその食生活・・」


「ちょっと買いたいものあったんで。 ほんっと毎月ぎりぎりで生活してるんで、やっぱ食費を削るしか、」


牧村はふと笑って、


「そこの蕎麦屋でいい?」


「は?」


「ほら、」

と立ち上がった。


「おごるから。」


「え! いいですよ! そんっな、もう!!」


おなかはグーグー鳴りっぱなしだったが。


「そんなんじゃ仕事にならないよ、」


高宮から

食べ物につられてホイホイついていくな、と注意されたことも思い出す。


し・・

しかし!

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