第26話 近づく(1)

玉田はひきつづき真尋の練習につきあうことになり、夏希は絵梨沙との打ち合わせを簡単に終えて志藤と北都邸を出た。


「あ~、めんどくさ。 タクシーで帰ろうかな。」

志藤は伸びをした。


そしてチラっと夏希を見て、


「おまえは反対方向やからな。 頑張って帰れよ。」

とポンと肩を叩いた。


「ちょ、ちょっと! もう遅くなっちゃったのに女子ひとりで帰すんですかあ?」


「女子? 女子~???」

志藤は舐めるように夏希を上から下まで見て、


「おらへんやん、」

大真面目に言ってタバコに火をつけた。


「さっきの絵梨沙さんへの態度とぜんっぜん違うんですね!」


ささやかな抗議をした。


「おまえ…エリちゃんとおんなじ種類になる気か?」

ペシっと頭を叩かれた。


「ちょっと! 頭叩かないで下さい。バカになる・・。」


「は? 元々アホやないような言い方しくさって、」


志藤はおかしそうにアハハと笑った。



なんだかんだ言って。


反対方向だったが、志藤は夏希を一緒にタクシーに乗せて送ってくれた。


「あのう、」

夏希はタクシーの中で遠慮がちに言った。


「ん?」


「・・本部長は絵梨沙さんのことが好きなんですか?」


真正面からそう聞かれ、


「なにその質問、」

引いてしまった。


「や、なんかそうなのかなあって。」


「もちろん。 好きやで。 エリちゃんのことは。 なんであんな野獣と一緒になったんやろってほんまに思う。」

いつもの笑顔で言った。


「好きって・・」


何だか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、のけぞった。


「だから! ま、恋愛経験の乏しいおまえにはわからへんやろけど? おれは浮気はしてない! 神に誓って! そりゃな、エリちゃんと一緒にいると、もう、やるせない気持ちになったりするけど!」


「精神的浮気じゃないですかあ、」


「浮気ちゃうやろ! なんもしてへんもん。」


「あんなにいい奥さんがいるのに、」


「ゆうこは別やん。 別におれはエリちゃんのことが好きやって言うだけでなんも疚しいことしてへんし。 だいたいね。 エリちゃんがおれのことなんかもうスルーやもん、」

ふっと笑った。


「え?」


「真尋以外はね、男やないねん。」


夏希を見てそう言った。


「彼女は本当にナイーブな子で、学校を卒業して真尋とも離れてアメリカでプロとしてやっていこうってなった時、いろいろ精神的にキツくて耐えられなくなってしまってな。 真尋のところに行ってしまった。 あれだけの才能があったけど、それを捨てて彼女は女としての幸せを選んだってこと。」


絵梨沙が何もかもなげうって真尋の妻として今生活してること。


何となくはわかるけれども、


夏希のまだまだ幼い頭では理解しがたかった。



会話が途切れた時。


「つきあってる人がいたとして、」


夏希はやおら彼に質問を投げかけた。


「へ?」


「その人以外の男の人と、食事に行くってアウトなんですか?」


ものすごく

奥底を探るように聴いた。


「は? なにいきなり。それっておまえのこと?」

と言われて、いきなり狼狽し始めて、


「いっ・・いえっ! とっ、友達! そう、友達のことですっ!!」

ものすごい否定をしてしまった。


志藤はそんな夏希を見て全てを悟ったように、


「そら、セーフやろ。」


と笑った。


「はっ???」


意外な答えが返って来た。


「だって食事だけやろ? そんなのぜんっぜんOKやんか。 場合によっちゃ手え繋ぐくらいもOKちゃうのん?」


そこまで言うか!


夏希はそう突っ込みたかった。


「だってな。 本気は本命だけなんやで? あとは”浮気”やろ? 本気ちゃうやろ? 浮気って言っても何するわけやなくて。 性的関係がなけりゃぜんっぜセーフやんか。」

志藤は当然と言ったようにケロっとして言った。


「せっ・・性的関係って・・」


「あ、唇にキスは・・ちょっとアウト寄りかなァ。 オデコとかほっぺたくらいならセーフちゃうの?」


軽く

アハハと笑われた。


斯波さんと

ぜんっぜん違う・・。


この人は

根っからの

遊び人だ。


夏希はさらに怪しい目で彼を見た。


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