第25話 パヴァーヌ(4)

その時、

ふと背後に人の気配を感じて夏希は振り向いた。


「ほ・・」

志藤だった。


「志藤さん、」

絵梨沙も驚いた。


志藤は二人が

全く目に入っていないように腕組みをして、怖い顔で真尋を見つめていた。



『ほんまに真尋のピアノが好きで、どうしようもなくって。』


南の言葉を思い出してしまった。



しばらく

微塵も動かずに彼のピアノを聴いていたが


「・・やりゃできんじゃん、」



ポツリと

そう言って。

ふっと笑った。


その笑顔が

何とも言えずに優しくて。


大切なものを

慈しむように。



夏希がほんわかした気持ちで志藤を見ていると、いきなり


「な、エリちゃん。 今日な、資料室でいきなり立ち上がったらファイルが1コ飛び出ててな。 オデコ思いっきりぶつけて・・見て! 青アザになって!」


絵梨沙に甘えるように前髪をかきあげてオデコを見せた。


「え? ほんとに? 大丈夫ですか? あ~、ほんとだ。 青くなって・・ちょっとコブみたくなってますよ。 痛そう、」


絵梨沙が彼の顔を覗き込んでそっとそのコブに触れた。


「いたたた・・」


「あ、ごめんなさい。 バンソコウ貼りますか? 今、持ってきます。」


絵梨沙は一度、リビングに上がって再び絆創膏と消毒液を持って降りて来た。


「ちょっとしみるかも、」


手当てをしてやろうとすると、いきなり練習室のドアがバーンと開いた。


「何やってんだっ!」

真尋が鬼の形相で仁王立ちしている。


「なんだよ! 練習しろよ! 早く!」

志藤は絵梨沙との楽しい時間に水を差されムッとした。


「絵梨沙も! こんなおっさんに構わなくていいから!」

と二人の間に割ってはいる。


「志藤さんがオデコにケガしてたから・・」


「ケガ~? こんなもんツバつけときゃ治るんだっつーの!」

真尋はペッペッと手にツバをつけ、本当に志藤のオデコに撫で付けようとした。


「バッ・・・やめろっ!」


「おれがバンソウコウを貼ってやる!!」


絵梨沙の手から無理やりバンソウコウを奪い取り、乱暴に志藤のオデコに貼った。


「いってっ!!!」


コブにダイレクトに響いた。


「絵梨沙! このオッサンに近寄っちゃダメだって言っただろっ!」

真尋は絵梨沙の肩を掴んで怖い顔で言う。


「もう、何言ってんのよ。」


「いいからおまえは練習しろって!!」

志藤もムキになって言い返した。



子供?


夏希は二人のくだらない言い争いを顔をひきつらせながら傍観していた。


「まったく・・しょうがないなァ、」

玉田は二人を見てため息をついた。


「い、いつもこんなんですか?」


「くっだらないことで1時間も2時間も言いあって。 いや、罵り合って。 まあ、だいたい志藤さんが絵梨沙さんにちょっかいを出したりするから、こうなるんだけどね。」

玉田は笑った。


さっき

あんなに怒ってたのに。

あれは何だったんだ??


夏希は志藤と真尋の関係が

不思議でたまらなかった。




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