第27話 近づく(2)

高宮は大阪での時間が残り少なくなり、毎日夜遅くまで仕事だった。

夏希と電話をすることもなかなかできずに、短いメールのやり取りだけになっていた。


そんな時芦田に呼ばれた。


「正式に4月1日付けで東京本社で北都社長づきの秘書に決まったぞ。」


「え・・」


3月に入っても

なかなか正式な発表がなく、高宮は正直やきもきしていた。


「良かったな。 社長のたっての希望もあったし。 今まで北都社長の秘書は秘書課の課長がやっていたし。」


おなかの底から嬉しさが

じわじわと湧き出てきた。


「あ・・ありがとうございます。」


本当は

もっともっと喜びたかったけど。


芦田がここの支社長に就任が決まったからには

自分も残るのが当然のことだと思っていた。


わがままを許してくれた

芦田に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「もっと喜んだらどうだ。」

芦田は笑った。


「い・・いえ。」


「大丈夫。 水谷くんがよくやってくれている。 いつまでもおまえに甘えているわけにはいかない。 あの子もようやくおまえが東京に戻った後のことを考えながら仕事をするようになって。 本当に逞しくなったし。」

彼はにこやかにそう言った。


帰れる・・。

東京に。


これを

一刻も早く夏希に伝えたかった。



まだ夕方だし。

彼女は仕事中だろう。

仕事中はプライベートな携帯の使用は禁止されてるって前に聞いたことがある。


だけど。

やっぱり早く伝えたい。


高宮はデスクの電話をこっそり使った。


「はいはいはい・・」


無人の夏希のデスクの内線がずっと鳴っていたので、南がひとり言を言いながら


「はい、加瀬のデスクでーす!」

と出た。


「あっ、」

高宮は夏希でない人間が出たので一瞬怯んだ。


しかし、すぐに南であることがわかり、


「あのっ・・高宮ですが、」

と言った。


「あ~、高宮? ひっさしぶり~! 足の具合どう?」


「あ、足はおかげさまでもうすっかり。 ・・で、」


「けっこうリハビリとか大変やなかった? あれ、痛いらしいなあ。」

なかなか話が進まない。


「あのっ! 加瀬さんは、」

思い切って切り出すと、


「あ? 加瀬?」


意外そうに言うので、


だから彼女の内線に直接電話してんだろっ!!


と突っ込みたい気持ちだった。


「加瀬、でかけてていないよ。」


南の言葉に、


あんたが出た時点でそれはわかってっけどさ。


高宮はため息をついた。


「何時ごろ戻ってきますか?」


「なんか打ち合わせって言ってた。 遅くなったら直帰してもいいよって言っておいたから・・戻ってくるのかな?」


「そう、ですか。」


「急用? 携帯にしたら?」


「いえ、急用ってほどのことでも。 あの・・正式に4月1日から北都社長付きの秘書になることが決まったので、」


「え!ほんま? 良かったや~~ん! ついに戻ってくるんかあ。」


「まあ・・」

少し照れて言った。


「コレ急用ちゃうの? 電話してやったほうがいいよ。」


「いいです。 また夜にでも電話してみますから。」

高宮は早々に電話を切った。



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