第11話 彼女の理由(5)
「おはようございます、」
理沙は翌朝には定時に出社した。
「おはよう。 どうだった? 東京は、」
高宮は彼女ににこやかに話しかける。
「東京本社に行ったのは初めてだったんですけど。 ほんとこことは比べ物にならないくらい大きかったのでびっくりしました。 人もたくさんいて、」
理沙もにっこり笑う。
「そう。」
「芦田さんが私のことを、『ぼくの秘書の水谷くんです。』って社長に言って下さったんです。 それが嬉しくて。」
嬉しそうに言う彼女を見ているとホッとした。
「・・あの人に会いましたよ。」
仕事の話をひとしきりしたあと、理沙は静かにそう言った。
「え?」
「加瀬さん、でしたっけ?」
いたずらっぽく高宮の顔を覗き込んだ。
「・・・」
リアクションの取り方がわからずに、彼女から目線を外した。
「彼女。 私のこと・・おぼえていませんでした。」
意外なことを言われて、
「えっ!」
さすがに驚いた。
彼女の言葉にショックを受けて、高熱をおして大阪から東京まで戻ってきてしまったというのに!
その相手のことを覚えていなかった??
「正直、いったい、なんて人なんやろって。 呆れましたけど。 私はもう、彼女に申し訳なくて申し訳なくてひたすら謝ったのに。 『どちらさまでしたっけ?』って言われた時は全身の力が抜けてしまいました。」
理沙は苦笑いをした。
ほんっと
どうしようもないな・・。
高宮は冷や汗が出る思いだった。
「その後、志藤取締役に食事に誘われて。 お話をしたんですが。 『おれはああいう女とはつきあわない。』って。」
理沙は思い出して笑ってしまった。
「へっ?」
また意外なことを言われて高宮はヘンな声を出してしまった。
「高宮は変態やって。」
さらにそう言われて、
あんにゃろ~~~!!
高宮は志藤の顔を思い出して怒りがこみ上げる。
「正直。 どうして、こういう人を高宮さんが選んだのか。 仕事のことを差し置いても、東京へ帰りたいって思えるほどの人なのか。 わかんなかったんです。 でも。」
理沙は小さなため息をついた。
「・タイヤキをくれたんです。私に。」
「え、」
「3つも。 食後に食べようかと思って買ってきたそうです。」
笑いながら言ってしまった。
タイヤキを?
食後に3つも??
その時点でもうツボにきそうだった。
「ホントは4個にしようかと思ったんですって。でも数が悪いと思って3個にしたそうです。」
は・・。
体中の力が抜けて、こみ上げてくる気持ちを抑えきれず
ぶっと吹き出してしまった。
「食後に3個でも・・スゴイけどなあ・・」
それがもう
おかしくておかしくて仕方ないという顔で。
理沙はこんな高宮を初めて見た気がした。
彼にこんな顔をさせるあの人は
やっぱり
誰にも変えられない人なんだ。
「・・食後にアンコって重いよな、」
高宮はツボからなかなか抜け出せなかった。
「その後、休憩室で二人でタイヤキを食べたんですけど。 別に何も話すことなくて。 このタイヤキがどんなに美味しいかってことを、彼女が一生懸命に話してくれて。」
「食べることが大好きなんだよ。 いつもおなか空かせてて。 中学生の男子みたいに。 ほんっとめちゃめちゃ食うし。 食べてる時が一番幸せなんだよ、」
優しい顔で
高宮はそう言った。
「その時に。 なんとなくわかった気がして。」
理沙は彼を見た。
「え・・?」
「高宮さんが加瀬さんを好きになった理由が。」
高宮はふと真面目な顔になった。
「もう、私にないものを全部持ってる人って気がして。 ううん・・同性としてもすごく惹かれるものがある人やなって。 あの人がいるだけでその場がパアっと明るくなるような。 不思議な空気を持った人やなって、」
理沙はそう言いながら
自分にも
言い聞かせているようだった。
「志藤取締役があんなに素直な人間に会ったことないって。 彼女のことをそう言っていました。 人を蹴落とそうとか。 私に対して優越感を持って接しようとか。 そんなこと微塵もなくて。 嫉妬とか人を恨むとか。 そういうこともないんやろなって。 すごいコやなあって。」
理沙は涙が出そうだった。
「水谷さん、」
「今は。 高宮さんが東京に帰れるように。 私は、頑張らなくちゃって思います。 なんだか、痛いくらいに高宮さんの気持ちがわかる気がして。」
元々、無口でおとなしい彼女が
そこまで言ってくれて。
高宮は理沙の気持ちで胸がいっぱいになった。
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