第8話 彼女の理由(2)

突然理沙のことを思い出した夏希は慌てた。


「あっ! あの時! あたし熱が40℃近くあったんですよ! や、厳密に言えばあの時は38℃くらいだったんですけど! 前の日まで40℃あったんですっ! もう、フラフラで! き、記憶も・・なんっか・・」


あんなにインパクトがあった出来事なのに、肝心の彼女の顔の記憶がスッポリ抜けていた。



「すみませんっ! ほんっと! もう、どーしようもないバカで!!」


反対に夏希が何度も何度も理沙に頭を下げた。



「い、いえ・・」


理沙はようやくそれだけ口にできた。


「ほんまにも~。 しょうがないなあ。 彼女、こんなに気にしててくれたのに。 あんたがそんなじゃ、」


こっちが恥ずかしい・・


南は夏希の間抜けさに、親になったような気分になった。




なんか


信じられない・・


この人と


高宮さんが?


理沙はあまりに正反対の二人に呆然としてしまった。



そこへ


「あっれ?? 水谷さん??」


能天気にやって来た志藤が彼女の顔を覗き込む。


「は・・」


「やっぱりそうや。 え? どしたの? 出張?」


「え・・ええ。 芦田支社長代理と。」


「へー、そうなんや~。 あ、お昼食べた?」


「いえ。 支社長代理は社長とお食事に行かれたので、」


「なんや、も~。 おれも今外出から帰ってきてメシまだやねん。 な、美味いトコ案内するから。 行こ。」


もう


どんな嵐が来たんだ、と言わんばかりの志藤の速攻で理沙はあっという間に連れて行かれた。


「何がいい? イタリアン?」


彼女の肩に手を置いて。


「なんですか、アレは・・」


夏希は呆然として南に言った。


「もうほっとけって。 アレ、病気やから。 カワイイ子見ると、すぐ。ほんまにもう、しゃあないなァ・・」


ポンポンと夏希の背中を叩いた。



「美味しい、」


理沙は志藤に連れてきてもらったイタリアンのパスタを食べて笑顔を見せた。


「ここはけっこう会社のみんなも来るんだよ。 けっこう美味いし。 デザートも美味しいし。 女の子が喜ぶ、」


ほんま


どんだけこうやって女の子を誘ってるんやろ。


理沙はぼんやりと志藤の笑顔を見ているとそんな風に思ってしまった。



この人が


大阪時代に支社長秘書をしていたことは知っている。


もう


何となく秘書課にも伝説が残ってるほどで。


仕事は死ぬほどできて。


当時、支社長だった住田さんはコトあるごとにこの人がどれだけ仕事ができたか、私に語ったりした。


もう彼がいた当時の女子社員はほとんどいないが、


みんなこの人のことは知っている。


そのくらい


いまだに大阪では"有名人"だ。



「あのう、」


理沙はその彼の笑顔を見ているうちに心がふっと砕けて。


「ん?」


「あの人、」


「え?」


「加瀬さんて人。 本当に高宮さんの彼女なんですか?」



もう


失礼だとか


そんなことを考えられないほど。


ストレートに聞いてしまった。

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