第7話 彼女の理由(1)

理沙はドキドキしながら、秘書課のはす向かいにあるクラシック事業部をそーっと覗いた。


支社長秘書と言いつつも、東京本社に来たのは初めてだった。


ガランとして誰もいない。


すると後ろから、


「なんか用?」


突然声をかけられて、びっくりして振り向いた。


南が立っていた。


「えっ! ええっと! 私、大阪支社の秘書課にいます水谷と申しまして・・」


しどろもどろになって自分を紹介した。


「大阪の・・秘書課??」


「芦田支社長代理の秘書をしていまして、今日は出張で一緒にこちらに、」


南は


恐ろしく回転のいい頭をフルに動かし、


「あー」


理沙を見て大きく頷いた。


「あーって・・」


「あんたか。 大阪支社長美人秘書。」


「はっ???」


この人は、いったい・・。


理沙が戸惑っていると、


「え? ひょっとして加瀬に、用??」


南はニヤ~っと笑って彼女を小突いた。


「は・・。」


どんどん話が走っていくのでついていけない。


「か、加瀬さんて。」



そこに、


「も~、おなかいっぱ~い。 南さん、あそこのピラフの量、ハンパないですよ・・」


おなかをさすりながら夏希が戻ってきた。



「あ・・」


理沙は夏希を見て固まった。


「あ・・」


夏希もまた


固まった・・。


「か、加瀬さん、て。」


理沙は夏希を見て、動揺した。


「・・あ、あたし、です。」


夏希は胸を思わず手で押さえた。



これは


修羅場?


と、いうほどのことでもないけど。


二人に挟まれた南はお互いの顔をかわるがわるで見やった。


理沙は突然、


「すっ、すみませんでしたっ! その節は!」


すごい勢いで頭を下げた。


「は・・?」


「ほんまに、なんであんなことを言ってしまったんやろって、考えれば考えるほど申し訳なくて! 私のせいで、色んなことが起こってしまったみたいで!」


夏希はまだ固まっていた。



「もう一度お会いすることがあったら、絶対に謝りたくて!」


理沙は泣きそうだった。


「・・・」


夏希はまだ無言だった。


「ちょっと、加瀬。 なんとか言ってやったら? こんなに謝ってるのに、」


南は理沙がかわいそうになって立ちすくむ夏希を小突く。


「は・・あ。」


夏希は半分ポカンとしながら、


「あのう・・」


理沙を見て顔をひきつらせた。


「え・・」


彼女が顔を上げたとたん、



「すみません・・どちらさまでしたっけ??」



夏希の言葉に


理沙どころか


南まで


絵に描いたようにコケそうになった。



「おっ・・覚えて、ないんですか???」


理沙は気も力も抜けた。


「えっと、なんかあたし謝られるようなこととか・・ありました?」


とぼけているわけではなく。


本気で言っていることを察した南は


「こ、この子、大阪の芦田支社長代理の秘書の!」


慌てて夏希の腕をぶんぶんと掴んで振った。


「・・・・・・・」


夏希はフラッシュバックのようにあの時のことを思い出した。




『私たち、もう離れられないんです!』



彼女だ!



パッと蛍光灯がついたように夏希の頭の電気がついた。


理沙はまだ口が開いたままになっていた。



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