第20話 20 俺の過去

 俺のベッドサイドにあるパイプ椅子に美紀枝おばさんが座り、その隣に政治おじさんは、立ってる。

座ればいいのに、と言ってみたけど、『 僕が、座ると壊れそうだからやめとく』だって。


「 おじさん、おばさん。仕事大丈夫なん?」

「 大丈夫だから、来たんじゃない。ねぇ、政治さん」

「 そうだね。ミキちゃん。じゃけ、ゆうちゃんは気にせんの ( 気にしないの)」

「 うん、わかった」


二人は、茂兄さんとひなちゃんのご両親だ。だけど、俺にとって、両親と呼べる人達でもあるんだ。

この二人が居なかったら、俺生きてなかったかもしれない、そんな時期があったんだ。



「 瞳子ちゃんや晶ちゃんから聞いたけど、色々大変だったんだって?」


母さんと晶、政治おじさんに話しちゃったんだ。政治おじさんか美紀枝おばさんが問い詰めた可能性もあるけど。


――夏音のやらかした事を話ししたら、夏音の家乗り込みかねないな。話すまい。上手い事誤魔化そう。


「 あっうん。クラスメイトとね。でも解決したから、大丈夫」

「 そうなん 」


政治おじさんと話ししてると、ドアがノックされる。俺の代わりに、美紀枝おばさんが、対応してくれる。

病室に入ってきたのは、拓人さん。多分、雫ちゃんが知らせてくれたんだろうな。拓人さん、病室に入ってきたはいいけど、知らない人がいるから、困ってる。紹介しなきゃって、思ったら、政治おじさんが口を開いた。



「 ゆうちゃん、この男の子もしかして、瞳子ちゃんが言ってた彼氏かな?」

「 あっえっ、そうです。ええと、」

「ごめんね、自己紹介しなきゃね。僕は、服部政治はっとりまさはるこの娘の今のお母さんとは、いとこになるんだ。でっこっちが、僕の元奥さんの美紀枝。僕達、お互いの道を進む為に、離婚しただけで、別れても仲いいんだよ」

「 はあ」


――政治おじさん話それてるよ。おっとりしてて、マイペースな所は、ひなちゃんそっくりだな。


「 政治さん、私達の事は、どうでもいいでしょ。ごめんなさい、あなたのお名前教えてくれる?」

「 あっはい、林原拓人といいます」


美紀枝おばさんが、政治おじさんから主導権を取った事で、ようやく話が進み始めたよ。

拓人さんも、美紀枝おばさんに向かって、俺と付き合ってる事とそのいきさつを話してくれた。


「 そうなの。きっかけは、瞳子さんの強引な後押しなんだ。でも、ゆうちゃんの事は、すごく大事にしてくれてる。その事は、話を聞いてて、伝わってくるわ。拓人くん、これからもゆうちゃんの事、よろしくね」

「 はい。一つ質問してもいいですか?」

「 どうぞ」

「 お二人が、夕陽の事をまるで娘のように扱ってるのは、どうしてですか? いや、変な意味じゃないんです。お二人の態度が、親戚の子を可愛がるというものと違うように見えたので」


拓人さんの質問に、政治おじさんと美紀枝おばさんは、躊躇うような顔で、俺を見てきた。


拓人さんの質問に答えるには、あの事話さきゃいけないもんね。――俺の心の傷抉るって思ってるから、躊躇っているんだろうな。



「 ゆうちゃん、拓人くんに話しても大丈夫?」

「 いいよ。むしろ、知ってもらいたいし」

「 そう、拓人くん、 この娘の事は、瞳子さんや本人からは、どのくらい聞いてる?」

「 だいたいの所は聞いてます。ただ、実の両親の扱いが、よくなかったと、付き合い初めくらいの頃、仁から聞かされましたけど、詳しい事までは聞いてません」

「そう。仁くんの言い方は、かなりオブラートに包まれてるわね。ゆうちゃんね、実のお父さんとお母さんから、虐待されてたの」

「 えっ?」


拓人さん、一瞬絶句しちゃったみたい。

児童虐待なんて、ニュースでしか聞かない言葉だもんね。びっくりするのも、無理ないよ。



「 あれは、朝陽くんが高校生だった頃、ゆうちゃんが、三歳か四歳くらいの頃よ。この娘のおばあちゃんが、亡くなられ頃からね、ゆうちゃん、お父さんお母さんから、虐待されるようになったの。

最初は言葉によるものだった。『 お前なんかいらない』『 なんで、お前みたいな子が生まれたの?』ってね」

「 朝陽さん、止めなかったんですか?」


拓人さんの声は、怒りに染まってる。高校生なら、十分可能だと思ってるからだろうけど。


「 止めるも何も、朝陽くん、お父さんの命令で、高校の近くで下宿してのよ。実家の敷居を卒業するまで跨ぐなって。朝陽くん、どうにか、実家に帰ろうとしたけど、お父さん、隆史さんは、どうにかして、阻止してたみたいね」

「……そうなんですか」

「 でもね、私達がゆうちゃんの虐待に気づけたのは、ゆうちゃんのお姉さん、律ちゃんのおかげなの。律ちゃん、近所の服部の家まで、走ってきてくれてね。『 ひなちゃんのおばあちゃんとお母さん夕陽が大変なのー』ってね」


そう、その度、美紀枝おばさんや仕事の休みで、東京から戻ってた政治おじさんが、俺を両親から引き離してくれる事があったんだ。兄貴が高校卒業して、あの家から、大学に通うようになるまで、それが繰り返されたんだ。


「 朝陽くんが離れてる間、ゆうちゃんへの虐待は、止まらなかったわ。言葉による虐待から、そのうち、熱が出たゆうちゃんを放ったらかしたり、手をあげたりね。虐待の原因は、ゆうちゃんの生い立ちなんだけどね、だからといって、虐待していい訳ないわ。私と政治さんは、あの人達に何度そう言ったか、わからない。政治さんは、見るに見かねて、ゆうちゃんを養子にしようとさえしたわ。だけど、あの人達は、それを突っぱねた。世間体が悪いからって」

「 そんな」

「 だけどね、あの人達、ゆうちゃんを養子にしない代わりに、ゆうちゃんの熱が出た時は、服部の家で面倒見てくれって言ったのよ」

「 最低ですね。夕陽の両親の悪口言いたくないけど、本当に最悪な親だ」


いつも穏やかな拓人さんにしては、珍しく、荒々しく吐き捨てた。


「 そうね、児童虐待だから、地元の役所に、私や政治さんは、相談に行ったわよ。児童相談所にも通告した。だけどあの二人が警察に捕まる事はなかったわ。今となってはどうして捕まなかったのかわからないわ」

「 そうなんですか」


拓人さんは、そう言って、1分くらい黙っていた後、俺に日を改めて来るって言って、帰った。

政治おじさんと美紀枝おばさんもまた来るわね。そう言って、帰った。


拓人さんに、過去の話ししたのはいいけど、次会う時、どんな顔して会えばいいんだろ。俺はその事だけが、心配だった。


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