第16話 ユウキ(10)
倒れ伏せたハルカの頭を石を掴むように無造作にアーマード倫理観が掴んで引き上げた。
ハルカの耳の奥で、頭蓋骨のみしみしときしむ音が聞こえる。
頭をつかまれ引き起こされ、上手くピントの合わない瞳に、アーマード倫理観のニタニタと笑う目が映り、それはぼやけていつかの光景と重なった。
「……り……」
「――あ?」
アーマード倫理観がうめき声にも似たハルカのかすかな声に聞き返す。
「……私を、レイプした、ドスケベに、そっくり」
「何だと―――?」
一瞬何を言われているかわからず、アーマード倫理観はぽかんとした。
ハルカの頭蓋をつかむ力が強まり、ハルカはその痛みで呻く。
「どういう意味だ」
アーマード倫理観の言葉にははっきりと怒りが見えた。
「―――暴力を、振るう時の、あんたは……狂った、ドスケベたちと、同じだ」
浅い息の中、ハルカは言葉を振り絞り笑った。
その笑いは、挑発的な嘲笑でも、死の恐怖に狂ったものでもなくもっと―――そう、アーマード倫理観をまるで憐れむような笑みだった。
「――ドスケベと、同じだと――!」
怒りのまま、力任せにハルカの頭を地面に投げつける。
抵抗する力もなく、そのままハルカの身体は2回ほどバウンドした。
アーマード倫理観は倒れたハルカの身体を蹴り、叫んだ。
「あたしが!あいつらと!同じだと!あの!ドスケベで!愚かな男たちと!」
言葉とともにハルカの身体にアーマード倫理観の拳が、蹴りが入り、力を無くしたハルカの身体は跳ね、地面には血だまりが広がっていく。
かつて自分を蔑み、自分を貶め、自分を嘲笑った愚かなドスケベたちと一緒だと言われ、アーマード倫理観は全身の血が沸騰しそうな怒りを感じた。
何故あいつらと同じなのだ。
己は正しいのだ。容姿で劣情を抱くドスケベどもを根絶やしにすることが正義であり使命なのだ。
この女はそれをわかっていたから己の顔に自ら傷をつけたはずなのに、何故それなのに、自分をドスケベと同じだというのか。
ひとしきり言葉にならない怒りをぶつけ、息をつく。
ハルカの身体は、すでに鼓動を止めてただの血まみれの死体となっていた。
「―――ドスケベを滅ぼす」
ギラギラと狂気で輝く瞳は、島の奥を見る。
「皆殺しだ」
タカシは島の中を駆けながら、ハルカの無事を祈っていた。
ドスケベアーミーたちは倒しても倒しても無尽蔵に湧いてくる。
何班にも散り散りに別れ、陽動を繰り返しながら島の裏の地下通路から少しでも多くのメンバーを逃がすことが、有事の際のドスケベ解放同盟の決まりだった。
ドスケベ解放同盟の思いを、願いを、信念を絶やさないためには、一人でも生き延びなければならい。
それにしても、だ。
「おかしい―――」
木々の中に潜み、ドスケベアーミーたちの動向を確認しながらつぶやく。
ドスケベアーミーたちは島の入り口からなだれ込んでいるはずだ。
それにしては、島の中央部まで到達するのが早すぎる。
あの後すぐにハルカたちが撤退していたとしても、島の入り口付近にはブービートラップが多数仕掛けられている。
それをどれほど早く解除していたとしてもこれほどのスピードでは侵入できない。
――そう、他の入り口から侵入しない限り。
「―――まずい!」
タカシはそこで一つの恐ろしい可能性に思い至り、木々の間をある方角へ走り出した。
「どうしたんだよ、ユウキ」
重い足取りのユウキの手をいら立つようにコウタロウが引く。
「早くいかなきゃ」
「分かってるよ、でも」
言葉をつづけようとした瞬間、近いところで銃声が響き、ふたりはびくりと体を震わせる。
「ここにいたら、犬死にだ」
コウタロウは銃の安全装置を外した。
「そうなる前に」
「そうなる前に、生き延びる、でしょ」
ユウキはじっとコウタロウの眼を見た。
そのまっすぐな目に、思わずコウタロウの頬が熱くなる。
「うん」
少し目をそらして、自分に言い聞かせるようにコウタロウはつぶやく。
「タカシさんも、ハルカさんも、あとで合流できるよ」
ユウキは、自分の腕をつかむコウタロウの手が少し震えていることに気付いた。
コウタロウも怖いのだ。
生きて逃げられるのか、逃げたとしてその先、はたして逃げ続けることはできるのか。
ドスケベ解放同盟はどうなるのか。
「……ごめん、行こう」
ユウキはコウタロウの手を握り返し、うなずいた。
コウタロウも頷き返し、走り出す。
島の西側、地下トンネルのほうへ。
人間の身体がところどころに倒れているのが見えた。
その中を悠然とアーマード倫理観は歩く。
『私を、レイプした、ドスケベに、そっくり』
憐れむような笑みを浮かべたH06号の最期の顔は、形容しがたい苛立ちと怒りを未だアーマード倫理観に与え続けていた。
「うわあーーーーーーー!!!」
ところどころ血を流した手負いのレジスタンスの男が、木の陰からアーマード倫理観に襲い掛かろうとしたが、そちらを見もせず、アーマード倫理観は鉄の拳を声のしたほうに突き出した。
生暖かく鈍い感触とともに、男は倒れる。
そうだ、この感覚だ。
ドスケベたちを殺す、この感覚を自分は求めていたのだ。
それがこの世の中で正義であるのだ。
自分は正義の鉄槌を下しているのであり、ドスケベたちは滅するべき悪で、自分がドスケベと同じなどということは断じてあり得ないのだ。
アーマード倫理観は薄く笑った。
島中のあちこちから聞こえる銃声は、アーマード倫理観を称えるオーケストラのようであった。
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