第15話 ユウキ(9)
轟音がひびくと、振動とともにバリケードがまるで綿のように千切れ飛ぶ。
辛うじてハルカのいる位置はまだ壁が残っているが、もうすでにバリケードよりも瓦礫のほうが多い。
周りに残っていた仲間はすでにこと切れているか、島の中へ後退した。いや、ハルカが後退させたのだ。
「うおおおおおおおおっ!!」
ハルカは吠え、最後の手榴弾をこちらへ走ってくるドスケベアーミーの真ん中へ投げる。
爆発とともにドスケベアーミーの群れの一部が海へ落ちたが、残りは鉄の盾を先頭にじりじりとこちらへ近づいてくる。
口元を歪め、壁から半身を出し、ライフルで頭の出ているドスケベアーミーを狙って撃っていく。
それでも削り切れない。時間稼ぎはもうできないだろう。
ライフルを撃ちながら、ハルカ自身も後退しようとした瞬間、撃鉄がガチンと音を立てた。予備の弾は、もうない。
死んでたまるか。
死んでたまるもんか。
ハルカは、腕や足をかすめていく銃弾を気にせずに島の中へ駆けだした、が。
「―――っ!?」
唐突にその背中を大きな衝撃が襲った。
数メートルほどエビ反りの体勢で吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられる。
自分の背中に人間の頭ほどの瓦礫が投げつけられたのだと、その声を聞いて気付いた。
「――……久しぶりだな、H06号」
10キロはあろうかという瓦礫を大砲のように投げつける、そんな怪力を持つのはこの場には一人しかいない。
「……アーマード倫理観……!」
口の中の血を吐き捨て、ハルカはふらつく身体を銃を支えに起こした。
「待って――待ってよ!」
強く手を引くコウタロウにユウキは叫ぶ。
「どこに行くの?私もみんなと――」
ユウキのほうをちらりと振り返り、足を止めずにコウタロウが言う。
「この奥に、脱出口がある――緊急時はみんな、ばらばらにそこから逃げるんだ」
「逃げる、って」
銃を構えたハルカの姿が、タカシの姿がまだ残像のように残っている。
「私たちだけなんて、そんな」
「俺たちだけじゃ、ない」
コウタロウは言葉を続ける。
「俺たちは、誰か一人でも残らなきゃいけないんだ。だから、みんなもばらばらに逃げるはずだ」
「そんなの――」
反論しようとして、ユウキはコウタロウがぐっと唇をかみしめていることに気付いた。
「俺だって――!」
コウタロウも感情を押し殺している。本当はコウタロウだってアジトを守りたいのだ。自分たちの作ってきた場所を守りたいのだ。だがタカシは常日頃から皆に言っていた。
『お前ら若いやつには俺たちよりも未来がある。何かあったら未来のある人間から逃げろ。それが、俺たちの大事なものを絶やさないための方法だ』
ユウキはつないだ手を強く握った。ユウキもコウタロウもまだまだ子供だ。戦闘能力はのない、ただの子供だ。それがたまらなく悔しかった。
地面を揺らす轟音が、島の入り口から聞こえた。
爆弾か何かだろうか。びりびりと空気を震わせるその音に、一瞬二人は足を止めた。
轟音は散発的に続く。少し様子をうかがってから、コウタロウはユウキの手を握ったまま、いつの間に持ってきたのだろうか、カバンをユウキに渡した。
「荷物、いるだろ」
無言でうなずき、ユウキはカバンを掛ける。
コウタロウの手には、どうやら島に隠してあったらしいハンドガンが握られていた。
「お前も、これ」
小ぶりのサバイバルナイフをユウキに手渡す。
「ほんとは銃がいいんだろうけど」
ユウキはずしりと手に載せられたナイフを握って、ごくり、と息を飲む。
戦いの音がだんだん近づいてきている気がした。
もはや猶予はない。
「行こう」
コウタロウが手を引いたが、ユウキはまだ迷っていた。
「まさかドスケベアーミーだったお前がレジスタンスに与しているとはなあ」
そう言いながら、まるでボール遊びをするようにふらつくハルカへアーマード倫理観は石を投げつけた。
石はアーマード倫理観の怪力により、一つの弾丸となる。
「――っ!!」
右足にその弾丸は当たり、ハルカは声にならない声を上げ、その場にもんどりうった。
右足の骨は恐らく砕けているだろう。
這いずりながら必死に身をよじって、ハルカはアーマード倫理観の眼に狂った喜びが浮かんでいるのを見た。
楽しんでいるのだ。
現にアーマード倫理観の周りの数名を残し、他のドスケベアーミーたちは次々に島の中へなだれ込んでいく。
「関東ドスケベ軍の件で、お前たちの隊はみな死んだかと思っていたが」
アーマード倫理観はやや不満げに鼻を鳴らし、小石をピンポン玉のように手のひらで転がした。
「まさか生きていて、よもやドスケベに魂を売るとは、奇妙なこともあったものだ」
本心から面白そうにハルカを眺めた。
「色々あったのよ」
血反吐を吐きだしながら、ハルカは必死に身を起こす。
「あんたたち本隊が助けに来なかったからね」
――そう、ハルカの隊は見放されたのだ。
ズタボロになったハルカは本部に戻ろうと走った。
多摩川の関所まであと少しだったということは、本隊が先遣隊からの連絡が途絶えた段階ですぐに動けば、あの小屋にいたハルカはきっとドスケベアーミーに救われていたのだ。
しかし助けは来なかった。
傷を負って動けないハルカは関東ドスケベ軍に凌辱され、虐待され、命すら危うかった。ドスケベアーミーは助けてくれなかった。信じていたものは何もハルカを救わなかった。
「私を助けてくれた人のために、私は――ぐあっ!!」
ハルカが言葉をつづけようとした瞬間、猛スピードで小石が腕に当たる。
「おや、外したな」
にやにやと笑いながらアーマード倫理観は首をひねる。
「腕が鈍ったかな」
ハルカは直感した。アーマード倫理観は、この状況を楽しんでいる。
弱い者をいたぶることに快楽を覚えている。
「――こ、の、異常者――!」
足を引きずって半ば転ぶように仲間の死体に駆け寄り、折れて感覚のない腕で無理やり死んだ仲間のハンドガンを取る。それを折れていないほうの腕で撃つ。撃つ。撃つ。
その反動はハルカの砕けた骨に、割れた肋骨に、裂けた傷に強い痛みを伝えた。
それでも、それでもアーマード倫理観に抗いたかった。
「おや――何かしたのか?」
キン、と鉄と鉄がぶつかる音がした。
確かにハルカの銃弾はアーマード倫理観の身体に当たっているが、その鎧に銃弾は弾かれていく。
銃を撃ち続けるハルカに、にたにた笑いのまま手の中の石を投げつける。
肩、折れた足、脇腹。
衝撃でまたハルカの身体が踊るように飛び、その手から銃が離れる。
もはやハルカの声は出ない。
必死に顔を、体を起こそうとしたハルカの頭をアーマード倫理観が掴んだ。
「残念だなあ、そろそろ終わりだ」
ハルカの目に、アーマード倫理観の顔が映った。
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