第7話 ユウキ(3)

白い下着につく、真っ赤な血のシミ。

膝ががくがくと震えだし立っていられなくなったユウキは、思わず厠の壁で体を支えた。

初潮。女性ならではの体の変化であり、成長の証であるが、それはここ西関東地区ではドスケベアーミーによる平和な日々の終わりを示していた。

「ユウキ、どうしたの?」

厠の扉の外から母親が声をかける。

ユウキはどうしたらいいのかわからない。全身が震え、すべての血が足元から流れ出すようだ。


ユウキの母は、普段よりあまりにも長い厠に何かを感じ、扉の前で少し思案した。

ユウキの母はユウキに似ず地味な風貌の女だった。だからこそドスケベアーミーに目を付けられずに村で今まで生きてこれたのだ。

自分とあまりに異なる太陽のような輝く美しさを持つ娘に、本当のことを言えばほんの少し嫉妬をしたこともあった。

だが娘への愛情は誰よりも強いと自信があった。この娘のためなら何だって、そう来たるべき『そのとき』に命を投げ出してもいいとずっと思って生きてきた。


「ユウキ、落ち着いて。扉を開けてちょうだい」

震える手で扉を開けると、いつもの笑顔の母がいた。

母はゆっくりとユウキを抱きしめ頭を撫でて小さく呟く。

「おめでとう、これであなたも大人ね」

ずっとずっと昔、ユウキの母が幼いころ、村の老人が言っていた。

昔は初潮は祝われるべき体の変化であると。その老人は初潮を迎えた孫を連れていかれ、どうしてこんなことをするのかと弱弱しく涙を流していた。

ユウキはそんなことは知らない。ただその知られてしまったという衝撃に身体がビクリと震える。

しかし母は優しくその硬直した体を抱きしめ続けていた。


「これを使いなさい。使い方も今から教えるわね。もう他の人も起き出して来ているからここで教えるけどごめんね」

小屋に戻ると母はそう言って大量の生理用品をユウキに渡した。

「これ…母さんの…」

「ユウキ、今夜まで待ちなさい」

ユウキの言葉を母は遮り、優しく、しかししっかりとした口調でユウキの眼を見ながら言葉をつづけた。

「夜になったら南西へ走るの。横浜という町があるわ。そこにレジスタンスのアジトがある。連絡は私がしておくわ。」

「え…?」

「必ず今夜ここを出なさい」

母はユウキにいつものように麦飯に塩を振った朝食を手渡す。

その量は心なしかいつもより多い。

「いつも機械いじりをしてるあなたの背中がいとおしかった」

柔らかなユウキの髪を母は撫でた。

「あなたは生きて。あなたはきっと大きなことができる子よ」

「でも、これ…母さんは」

「私は大丈夫よ」

きっと明日から恐らく一生会うことが不安げなその茶色の瞳を、柔らかく滑らかな頬を、その目に焼き付けようと母は娘を見た。

「さあ、今日も一日がんばりましょう。畑が待ってるわ」

その声はいつもと変わらないように見えた。


ごくごくいつも通りの日常。

ごくごくいつも通りの。

しかし、時折下腹部に走る鈍い痛みや血の感覚がユウキに体の変化を伝えていた。


「レジスタンスのアジトがある」

母はそう言ったが本当だろうか。ユウキは朝の母の言葉を何度も何度も考えていた。

ドスケベキングに対するレジスタンス活動のうわさはユウキも聞いたことがある。

時にドスケベアーミーから手配書が回って来ることもあった。

そもそもあんな強大なドスケベアーミーの組織を覆すことができるのだろうか。

ユウキはただ、機械いじりをしながら毎日が過ごせたらよかっただけだったのだ。

だが明日はドスケベアーミーの巡回日だ。ユウキにその言葉の真偽を問い直すだけの時間の猶予はもうない。


夜のとばりに村が包まれたころ、粗末なカバンに荷物を詰め込んだユウキは生まれ育った村を後にして、西へ走った。

どのみちドスケベアーミーに捕まって死ぬかもしれないなら、少しでもあがいてやろう。そう決意した瞳には満月が映っていた。

カバンの底には、まだ修理が終わっていない四角い黒い箱と、その中に納められた黒いテープが押し込まれていた。

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