第6話 ユウキ(2)
ユウキの姉、カオルの父親は美しい男だった。
村の老人曰く、幼いころは少女かと見まごうほどの美貌で、危うくドスケベアーミーに連れて行かれかけたらしい。
そしてカオルも、父親にそっくりの美貌を持って生まれた。
黒くつややかな髪に切れ長な瞳、白く澄んだ肌。
もしこれが、男性として生まれていたらきっとそのいつも明るく皆を元気づける賢い性格で村を背負う人材となっていただろう。
カオルがドスケベアーミーに連れられて数か月、以降その行方は全く聞こえてこない。
ドスケベアーミーに連れていかれた少女たちをユウキは幼いころから何人か見たが、その少女たちが村に戻ることは決してなかった。
ユウキはカオルと母親をともにしていたが、カオルとまた違った美しさを持つ少女だった。
大きく丸い猫の目は澄んだ少年のようで、少し明るい茶色。
ゆるく波打つ猫のような細い髪の毛に健康的な小麦色の肌と少年のような長い手足。
中性的で妖精のような美しさを持ちながらも、勝気なその性格はやはり男に生まれていれば村を盛り立てる人材になっていただろう。
いつからだろうか、ユウキは朝起きると下着を確認するのが癖になっていた。
村の他のどの子供よりもケンカの腕っぷしも強かったが、姉同様に美貌を持って生まれたユウキは恐らく、初潮を迎えるとドスケベアーミーに連れていかれるであろう。
それを否定したかった。
自分は女性ではないと思いたかった。
目覚めて厠で自分の下着に血の汚れが付いていないと確認すると、そこでやっと大きく呼吸ができる気がした。
日の出とともに目覚めると、朝食に少しの麦飯に塩をかけたものを2口ほどで食べ終え、そのまま朝の農作業となる。
昼ごろ太陽が真上を迎えると、草の根の入ったスープが昼食として皆にカップ一杯ずつ配られ、さらにそこから日が傾くまで農作業は続く。
日が傾いてから沈むまでの短い時間、村はひとときの休息となる。
大人たちはささやかに白湯を飲んで体を休めるが、子供たちはその短い時間にめいめいに遊ぶのだった。
日が落ちるころ、卵と青菜の入った粥を一皿食べて、夜の闇に包まれると床に就く。
これがユウキの村の、いやアーマード倫理観の定める西関東地区の『健全な民衆の生活』だった。
ありとあらゆる娯楽やドスケベは排除され、健全な倫理観の名のもとに毎日勤労と粗食に勤め、夜は外に出ることを禁じられる。
子供たちは恋など知らないまま成長し、定められた相手と子供を作り、定められたままに年老いて死んでいく。
ユウキはずっとそれに違和感を抱いていた。
食べるために働かなければいけないのは理解できる。でも時には腹の底から笑ったり、ドキドキするような冒険があったり、仕事であっても自分のやりたいことを心から楽しみたかった。
ユウキは夜母親が寝静まってからひっそりと身を起こして機械いじりをするのが好きだった。
裏の山から掘り出してきた前時代の遺物。
四角いガラスのビン底のような大きな箱、四角い箱に入っている黒いテープのようなもの。
ユウキはそれが何に使われるものなのか全く分からなかったが、それらを丁寧に解体して、砂埃を払い落として元あっただろう形に戻していく。
機械が元の形に戻っていくのがユウキにはたまらなく面白く感じた。
そのまま、瞼が上がらなくなるまで機械いじりをしてから床に就くのが、この村でのユウキだけの生活だった。
また日が昇り朝が始まる。
いつものようにユウキは厠で下着を確認し、そのままいつも通りの生活が送れるはずだった。
そう、その日までは。
ユウキは厠で呆然と立ち尽くしていた。
下着についた血の汚れが、今の生活が終わることを示していた。
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