西関東地区編
第5話 ユウキ(1)
西関東地区。
かつてこの国で一番高いと言われた火山へ向かい、小さな丘や谷、荒野が続く広い地帯。
かつて人々が笑い合い過ごしたと言われる面影は今はなく、その山肌は乾いた岩に覆われ、人々はそこから海へと広がる裾野で細々と麦や豆などの穀物を作っていた。
作られた農作物は、かつて東海道線や京浜東北線と呼ばれ人々を運び続けた『鉄道』と呼ばれる遺構を利用し、トロッコに乗せて略奪されたドスケベとともにドスケベシティへと徴収されている。
農奴として働く人々はほんの少しの麦や米、野菜で生きていた。
西関東地区は、多摩川と呼ばれる大きな河川で分断されている。
その川にかかる橋は今や数少なく、ドスケベアーミーはこれを関所とし、農奴たちの脱走も防いでいた。
「少女たちを連れてまいりました」
ドスケベシティから戻ったアーマード倫理観に兵士が告げ、続いておびえた表情の美しい少女たちが数名、兵士たちに押し出されるように前へ出た。
アーマード倫理観は、彼女らを見つめニタリと笑う。
「やあやあ、お前たちは初潮を迎え晴れて大人の女性となった。まずはそれにおめでとうと言ってやろう」
高らかに上げた声には若干の愉悦が混じっているように聞こえた。
「大人の女性となったお前たちには悲しい知らせがある。お前たちは天からその美しい容姿を与えられて生まれた。」
何が起こるのかわからず、少女たちは声も上げずにただアーマード倫理観を見つめる。
かすかに震える肩をお互いに支え合っている少女もいる。
「かわいそうに、生まれながらにしてお前たちはドスケベになる資格を与えられた。このアーマード倫理観、それが不憫でならない。美しさゆえに男に欲情させ美しさゆえに周りを狂わせる、お前たちのせいで他の女は苦しめられ女がすべてドスケベだと思われる、そうお前たちのせいで!」
言葉はやがて嫉妬と憎しみに満ちた赤黒い色を帯び、怒号に近づいた。
少し言葉を切るともう一度ねばつくような笑みで少女たちを見つめた。
「だからお前たちは大人の女性として男の欲望を受けかわいそうなことが起こる前に、保護することとした」
保護、の言葉に幾人かの少女が少しため息をつく。
命を取られるのかと蒼白だった顔色にほんの少し安堵の色が走ったその瞬間、一番煮立っていた少女の目の前に立ち、アーマード倫理観は目を細めた。
「死をもって、汚い現世から解放してやろう」
次の瞬間、何か湿った音とともに何かが爆ぜた。
隣に立っていた少女は『それ』をはっきり見た。
数分後。
少女たちだったものが床に散らばっている。
むせかえるような血の臭いと、粘つく足音。
頃合いを見計らって兵士たちが室内を清掃していき、少女だったものは粗雑に荷車に乗せられていく。
その光景を見るとアーマード倫理観は大きな幸福感と正義感に包まれるのだった。
「何でカオル姉ちゃんを!!」
村の集会所にユウキの声が響く。
そこにいる大人たちは皆沈痛な面持ちであった。
「分かってくれユウキ、こうするしかなかったんだ」
言葉を発した父親をユウキは射殺すような形相で睨み付けた後、集会所を飛び出した。
「ユウキ!」
後ろから父親が自分を呼ぶ声が聞こえたが、ユウキはそのまま走った。
西地区では、美しい少女はアーマード倫理観のもとに連れ去られ、そのまま帰ってこない。
余り容姿の良くない女性と男性たちはその土地に残され、普段農奴として働かされる。
子作りは年に4度、ドスケベアーミーたちが決めた組み合わせでしか行えず、その結果もし美しい少女が生まれたら初潮を迎えるとともにアーマード倫理観のもとに連れ去られるのだ。
もちろん母親たちもかわいい我が子を渡すまいと最初は抵抗した。
生まれたときに、或いは育つ過程で美しく育った娘には男のふりをさせたのだ。
出産した母親と産婆さえ隠しておけば、ある程度自活できる能力を持った段階で遠くに逃がすことも可能だった。
無論、どちらにせよ娘と別れることにはなってしまうのだが、それでも少しでも生存率を上げたいと願った母親たちは迷うことなく娘を男装させた。
しかしアーマード倫理観はそれを見つけるためにさらに非道な方法を取った。
生理用品の配給制である。
生理用品を配給で与え、使用時期と量もすべて記録することで男としてかくまっていた美少女たちを炙り出したのだ。
月明かりの下、ユウキは涙を腕でぬぐいながら走った。
カオルはユウキの姉で、他の者と同じく一縷の望みをかけて男装させ育てられた。
しかし―――
「……っ……!」
足元の石につまづいて転び、口の中に砂が入る。
入った砂を吐きだしいるうちに、ユウキは嗚咽が止まらなくなった。
姉を失った悲しみと、絶望、苦しみ、そして―――
「――大人になりたくないよぉ……!」
自分もやがて姉のようにアーマード倫理観に連れていかれるであろう恐怖に。
ひとしきり泣いた後、ユウキは立ち上がり、のろのろと体についた砂を払い落とした。
膝からは血がにじんでいた。
次のドスケベアーミーの見回りは来週だ。
もしかしたら今度は自分が。
言いようのない不安と恐怖で叫びそうだった。
山のほうからはじわりじわりと夜空を覆い尽くす黒い雲が迫っていた。
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