第21話

「そ、そろそろ行かないと……うっ、まずいんじゃない?」


「そうね~、そろそろイカないとまずいわよね?」


 ヒラリとした衣装を着た優香がモノにしゃぶりつきながら笑って俺を見上げる。


「い、いや、だ……から……もう時間……うぁっ、だ、ダメ……ダカラ」


 先端を口内に入れられて中部から下部を慣れた手つきでしごかれてしまい、吐息によって言葉が遮られる。


 それによる吐息で言葉が遮られる。


「ふふ、まだしたいけどしょうがないよね?」


そう言うと机の上に乗って、スカートをゆっくりと手繰り寄せていく。


様々な刺繍を施されたその布はスルスルとあがっていき、優香のしなやかな足、膝、太もも、そしてその根元が露わになる。


あの日から少しずつ血色が良くなっていったその美脚はいま俺の目の前で悩めかしく動き、その中心部はさらに充血するようにピンク色に染まり濡れそぼっていた。


「心細いの……きて」


そう言われてしまうと逆らうことができない。


操られるように優香の背中に手を回し同時にゆっくりと彼女の中に侵入する。


そして情熱的にキスをする。


気持ちに比例するように口内は熱く、熱っぽく俺自身を包みこむ。


ふと遠くで雨音のような拍手が聞こえた。


ああ、前のグループの劇が終了したのか。


その十数分後には優香の演技が始まる。


 早く行かなければいけない。


 そうだ……早くイかなければいけない。


 なのにいけない。


いきたくない。


行かせたくない。 だがいかなければならない。


葛藤を断ち切るように優香が耳元で囁く。


「ねえ、私のこと……好き?」


どうして今更そんなことを言うのだろう? 答えなんか決まってるじゃないか。


「もちろん、好きだよ」


「……嬉しい」


「え?…ちょっ!」


 捕食するように両足を俺の後ろでクロスしてがっちりと押さえこむ。


「ねえ……出して?」


 両腕を首の後ろに回して流しこむように耳元でささやいてくる。


「だ、駄目だよ……衣装が汚れてしまうから……」


「駄目、出しなさい、出して……ください」


 耳の中を舌で蹂躙されて、そんなことを言われてしまったら逆らえないじゃないか。


「うっ、あ…ああ…………」


 ドクリという『内部』から聞こえる音を聞きながら俺は深く達する。


「あはっ、ビクビク……してる」


 間に俺を挟みながら優香が四肢を収縮させ嬉しそうに呟いた。




 あの時と同じように薄暗い屋内の光は全てステージ上に収束しているように見えた。


 その中心でキラキラと輝きながら優香は蝶のようにヒラリと舞う。


 『俺』を胎内に入れながら全身を使い彼女は踊っているように見えた。


 半年前に見た光景がリフレインされるが、あの時とは違う。


 それは俺自身も、また優香自身も変化したからだ。


 俺は鬱屈とした性根に気づき、またそれが『悪意の体現者』により歪められ造られたものだと解り、それも自分自身であることを肯定した。 


 そして『底が抜けるような絶望』と『空を駆け上がるような希望』を体験した優香の演技はより深みを増し、俺も含めた観客をさらに魅了させている。


『ああ、神よ……もし私の罪を許してくださるならばどうかあの方をお助けください。貴方様の慈悲を賜われるのなら私は大鍋の中で煮込まれることも、煉獄で幾千年焦がされることすら耐えて見せましょう。あるいはあのお方が変わり果てたとしても……。」


 物語は終わりへと向かい始め、舞台上では優香が演じる『姫』が自身の罪を『神』に懺悔する台詞が響いている。


 互いに対立しあう家に生まれた男女は真摯に愛し合う関係になる。  


 だが二人を取り巻く環境はそれを許してはくれない。 


 純粋に愛するが故にヒロインは報われぬ思いをかなえる為、暴走してしまう。


 彼女は周囲の人間を毒殺してまわる。 全てのしがらみを切り離せば結ばれると誤解し、大きな罪を犯してしまうのだ。


 しかし皮肉にもそれが故に愛する存在を苦しめる状況へと追い込んでしまうのだ。


 先程の台詞は毒殺犯として愛する人が投獄されたことを知った彼女がその罪を自覚し、救いを求めるシーンでの台詞だった。


 俺がもっとも好きなシーンである。 理由は他人事だと思えないからだ。


 悲劇的な結末が予測されるストーリではあるが、最後にはヒロインは許されて、二人は結ばれる。 


 こうして書いてしまえば安直に見えるかもしれないが、そこに行き着くまでの台詞や演出により劇自体の完成度は高い(と俺には思える)。


 台詞や演出のほとんどは副顧問(ほとんど正顧問だが)である大隈が考えたそうだ。


 村瀬由利恵という存在を失い、自身を空っぽと表現した大隈はその言葉とは裏腹にそういう方面のアイディアと能力は充実しているようだ。


 もっともそれとなく本人にそのようなことを言ったら、鼻で笑った後に『空っぽだからこそわかることもあるのよ』と言い捨てられた。


 それでもあの人の性根も目的を考慮しても俺は少しだけ大隈に感謝している。


 幼児の頃に強く刻みこまれて、当事者が死んだことにより宙ぶらりんになった命令に惑わされていた俺がそれに気づくきっかけをくれた。 この世から退場しかけていた優香と向き合うことを促してもくれた。


 当然、このことを他の人間に言うことはできないが……。 


 俺は大隈に僅かにだが尊敬の気持ちを抱いている。


 とはいえこんなことを知ったらあの女は大笑いして答えるだろうから一生言うことは無いだろう。


 そういえば唯一、優香の前でだけはそんなようなことを言ったような気がする。


 俺がそんなことを言ったのが珍しいのか、彼女は目を大きく開いて、


「……そうね」


 とだけ肯定してくれた。


 そんなことを考えていたら演劇はクライマックスへと到達する。


『全ての罪を私はこの胸の中に隠し、その重さに耐えてみせましょう。たとえ死後に主の元へには行けず、愛する人と別れることになろうとも、私には今生しかないのです……ただただこの今生であのお方と一緒に居るため……それだけが唯一の私の望みだったのですから……」


 ヒロインである姫のこの独白により物語は終わる。 


 そして一瞬の沈黙の後に万雷の拍手が彼女を包み込むのだ。


 俺はそれを当たり前のように見つめながら、往生際悪く少しだけ寂しいと思っていた。


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