誉田迷夢の助手事情

 局長代理を任された記念に、わたし誉田迷夢が普段どれだけ役に立っているのか、絶対に伝えておかないといけないと思う。

「不味い、不味い、不味い、まずっ!」

 まず特筆すべき特技は類い稀なる天性の運動神経と脚力。陸上選手顔負けの速度で長時間走り回れる。

 狭い路地もお手の物、障害物も軽々と跳び超え――、

 ドンガラカッシャン。

 ――られず狭い路地裏のゴミ箱を蹴散らしても速度を落とさず走り続けられる。少なくとも3階層において足の速さで私の右に出るものは居ない。

 綺麗好きかもしれない貴方はどうか、『ちゃんと片付けろ馬鹿』としかめっ面をしないで貰いたい。

 私がぶちまけたゴミは、きっちり3秒後には挽肉のようにのようにチョップカットされたあげく、万遍なく地面に平らに整地されたからだ。

 当然、狭い路地裏にロードローラーが走れる筈もないし、ゴミの清掃車がいる訳でもない。

 迫って来る謎の巨体は、薄暗い路地の主。

 実体化がまだなので全容は分からないけれど、路地を強引に進む痕跡から体長3メートル超えは確実。

 少し藪をつついてみただけなのに予想外の大物が釣れてしまい、中々どうして困った事に。

「ひゃっ!」

 時折繰り出される鞭のように撓る素早い一撃を回避し、路地のコーナーは速度を落とさないように壁を蹴りながらひた走る。

 これが私の特技の2つ目。

 本来は見えない不可視のバグや悪食を、なんとなく把握する事が出来る。

 ただし、過信は厳禁。

 普段なら些細なミスは局長がフォローしてくれるけれど今日はそうはいかない。

「こういう時は落ち着いて、右よし、左よし、前方行き止まりよし。最悪!」

 三方に聳え立つビルの壁。足掛かりも少なくよじ登るのは不可能で完全に袋の鼠。

「だけど、ピンチはチャンス」

 くよくよしたって変わらない。

 考えろ、私。

 そもそも、逃げ続けていたところで状況は変わらない。

 この状況を作ったのは自分自身。

 いつもより高額な報酬が出るからという理由で、気が緩んでいたのは間違いないので、始末は自分でつけなければならない。

 ポケットに手を入れる。手に当たる感触は2本の雷管ハニーポット

 そのうちの一本を、奥の壁めがけて投げつける。

 雷管は鋭い角度で飛び、壁の3メートル手前、高さ4メートル程の位置で制止した。

 少し予定の位置より高い。

 でも許容範囲っ。

 姿勢をさらに低く、壁に向かって速度を上げる。

 壁までの距離、およそ5メートル。大胆な歩幅でタイミングを計る。

「今っ!」

 あわや激突、という寸前で地面を強く蹴り、上半身を思い切り逸らせる。

 そのままビルの壁を爪先で思い切り蹴り上げた。

 体を一気に押し上げながら、更に2度壁を蹴る。跳躍で稼いだ高さは5メートル強。

 うん、悪くない。

 体が重力に捕まるより早く体を反転し、先に投げておいた雷管に片足で着地。

 雷管は沈むことなくその場に滞空し続ける。

 ほぼ同時に、バグが袋小路の行き止まりに到達、激しい音を立てて壁を縦に削る。

 予めセットしておいた雷管の効果で、敵の姿がうっすらと浮かび上がった。

 巨大なゾウリムシ。鱗のように重なった装甲と小判のように平たい体。

 見た目は団子虫に近いけれど、丸まることが出来ない。

 鞭のような攻撃の正体は、コイツの触覚だったようだ。

 その巨大が空中の私を追って壁にそり立つが壁を這い上がることが出来ず、無様に仰向けに倒れ砂埃が巻き起こした。

「ゴキブリじゃなくて良かった」

 奴のタイプなら壁を上られて捕捉されていた。

 やっぱり、今日の私はツイてる。

「左脚制限。二秒後に呵責方程式起動」

 起動宣誓を済ませて雷管から跳躍。空中で縦一回転を決めつつ、ゾウリムシの多足がわしゃわしゃと気持ち悪い腹めがけて左足での踵落としを見舞う。

 踵がバグに接触する直前、左足が呵責方程式の発動で発光。地面が割れたのではないかと錯覚する爆音と共にバグの体が真っ二つに千切れ飛び、光に包まれて霧散する。

「ふぅ、任務完了」

 視界の端のカウントが繰り上がり、3を刻む。

「……まだ三匹かぁ」

 聖彦には無理をするなと言われているが余りにも少ない討伐数に肩を落とす。

 下の階と違い3階層で得られる追加報酬は10万。単純に1匹のバグに雷管一つを使い潰せる額だ。

 クロックヴァリスタもそれを見込んだ金額設定にしているに違いない。消耗品を惜しげなく使える状況を作ることで、討伐速度を格段に上げる狙いだ。

「所長がいなくても頑張ってるみたいじゃないか」

「誰……!? なんだ本部長かぁ。脅かさないでくださいよ」

 桐間の見た目の年齢は20代前半。紺色のスーツを着こなし、髪は丁寧にオールバックに撫で上げられている。真面目な美男子を絵にかいたような風貌だ。

「どうしたんですか、こんな所に」

「各階層が慌ただしいから見回りを。それと、客人と面会しておきたくてね」

 永劫都市内で客人と言えば、別階層の住人の事を指す。

「アレに会うんですか。気分が悪くなると思うけど?」

「仕事だからね。慣れてる」

「上の階層の人って変人ばっかり」

 文句の一つも言いたくなるのを分かってほしい。如何に苦労させられているか。

 口を開こうとした矢先、携帯端末の着信音が鳴り響いた。

「噂をすれば」

 相手は5階層から堕ちて来た建築家だ。そして、第一声の内容も大体予想がつく。

「もしもし」

「どうやったら、そんな広範囲の被害が出せるんだ。まだバグがその場所に潜んでいた方がマシだ」

「あー、はい、そうですか」

「此方は仕事に困らなくて助かるが、立ち回りを少しは勉強するべきだろう。そんな事では上の階層に上がれはしないぞ」

「はー、ショウジンシマス」

 これだ。彼の目が覚めてから今まで、まともに会話が成立した試しがない。

 目の前の桐間きりま本部長が『どっちかな』と手でジェスチャーを送ってきたので、『建築家の方』と答える。

 市井仙作いちい せんさく。5階層ではソコソコ有名な建築家のようだけれど、私は彼が大嫌いだ。

 何しろ彼は私の事を下階層の人間だと見下しているし、助けられた恩も微塵も感じていない。消えてしまえばいい、とまでは思わないけれど。

「丁度良かった。市井さんに会いたいって人が居るので連れて行きます」

「誰だ?」

「この階層の所長」

「……わかった」

 返事には、やや間があった。

 流石に階層の総括者に敬意を払うくらいの気持ちはあるのだろうか。

 通信を切り上げ、大きなため息を1つ。

 事務所転送の為、携帯端末を取り出す。

「大変そうだね」

「笑い事じゃないですよ。ストレスで食事も喉を通らないし」

「重症だね。玖島君なら良いダイエットになるとか言いそうだ」

「言わないですよ。思ってても」

 玖島聖彦とはそういう人なのだ。

 厳しく振る舞い、時には叱責もするが人を傷付けるような事は言わない。

 気の知れた知人は例外だけれど、少なくとも私は例外の範疇には含まれない。

「それじゃ、行きますよ。手を」

「ああ」

 彼の手を取って、事務所の番号をコール。瞬間、周囲の景色が一変する。

「あと5分待ってくれ。予想以上に後片づけが大変だ」

 挨拶の代わりに遠回しな嫌味が飛んできた。

 大事な保護対象でなければ即刻蹴り出してやるのに。

 結局、5分と言いながら7分も待たされた。

 2分もオーバーだ。ばーか、ばーか。

「それで、貴方が?」

「ええ。3階層の管理を任されている桐間拓海です」

「市井仙作です。5階層で建築家をしています」

 2人は軽く握手を交わし、来客用のソファーに向かい合って腰掛ける。

 私は桐間所長の隣に座った。

「お忙しいでしょうから、単刀直入に。別階層の方々が来た際には必ず担当官が直々にお面談する事になっているので。入国審査のようなものです」

「何を話せば良いんでしょうか?」

「簡単な問答です。氏名年齢等、基礎データに齟齬がないか」

「成り済ましの可能性を疑っている?」

「いえ、階層落ちによる記憶欠損程度の確認です。過度の欠損は悪喰感染の疑いも」

「なら私は大丈夫だ。記憶もしっかりある」

「ええ、ですからそれを確かめさせて頂くだけです」

 それから桐間局長は電子手順書に則って退屈な質問を始めたので、私は二人分のお茶を用意した後、ソファーに掛け直さず自分の席の椅子に座り背もたれに体を預ける。

 椅子でうとうとすること10分。

 桐間局長が立ち上がった音で目を覚まし、背凭れから体を跳ね起こす。

「おわり?」

「万事問題なく。次は医者の彼と面会したいんだが」

「残念、まだ仕事中」

「だろうね。終了は何時だい?」

「夕方の5時。きっちりは終わらないと思うけど」

 時計の時刻は午後4時20分過ぎ。微妙にまだ時間がある。

「良ければお茶でもどうかな。暇つぶしに付き合ってくれると助かる」

「1度戻って、仕事した方が良いんじゃないですか?」

「この時間は大して捗らないからね」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

「市井さんも宜しければどうです?」

「仕事に戻る。少しでも多く稼いで、5階層に戻りたい」

「分かりました。頑張ってください。お困りのことがあれば、ご連絡を」

 事務所を出て向かったのは、街の中心側へ5分ほど歩いた所にある小さなカフェ。

 聖彦がよく通っているお店だ。

 味は正直、私の好みには合わないし、外観や内装もお洒落というよりはレトロ調の渋めな作りでお洒落とはほど遠い。

 レトロやクラッシック系のアンティーク類はその重厚感精密さ表現の為、無駄にデータ容量を食う。

 事務所の備品も聖彦の趣味でなければ即刻入れ替えたいくらい財政を圧迫しているので、果たしてこのお店は稼げているのだろうかと思うことがある。

 カウンター席が7つに4人掛けのテーブル席が3つだけの小さな店内は、夕暮れ時でも半数が埋まっていた。

 私達は空いている1番奥の席に向かい合って腰を下ろす。

「気難しそうな人だね」

「率直に言ってクソですよクソ」

 無難な言葉を選びに選んだ桐間局長に、歯にもの着せない思いの丈をぶつけると、彼は可笑しそうに吹き出した。

「君は本当に面白いね。あ、アイスティーを2つ」

「もう少し長く話せば分かります。近くに居るのも無理」

「こんなに嫌われる救助者も珍しい。だけど仕事と割り切らないと。玖島君に怒られるんじゃないかな」

「居ないときぐらい愚痴言わせて下さいよ。やっぱり、争奪戦前は本部長も忙しいの?」

「勿論。各種の手続きやその他諸々。足を使った情報収集もそうだ。これが争奪戦前日まで」

「うえっ、私なら有給取る」

「取ってみたいよ。あるならね」

「無いんだ。意外」

「一昔前で言うブラック企業ってやつさ。表向きは階層トップだから世間の風当たりも強い」

「その辺りは私達も同じだし、自虐にならないですよ」

「そんなつもりないさ。あとは階層感の調整会合が面倒くさい」

「なんだか暗そうなイメージありますよねぇ」

「実際、毎日がお通夜のようだよ。小さな事で陰湿な駆け引きを毎度毎度飽きもせず出来る凄い奴らが揃ってる」

「自分もその一人でしょ?」

 ここぞとばかりに戯けて指をさす。

 桐間は明後日の方向を見てから、「耐性はあるらしい」と自嘲した。

「で……、わざわざお茶に誘うなんて何かあるんですか?」

「仕事の時以外はお茶に誘ってはいけないような口振りだ。その通りだけどね」

「言っておきますけど、アイスティー1杯で簡単に口を割るとは思わないで下さいね」

 タイミングよくアイスティーが運ばれてきたので、シロップを二つ混ぜた後ストローでちゅるちゅる吸い上げる。

「大した要件じゃない。上からの客人を争奪戦に巻き込む手前、本人達の情報は客観的な意見も取り入れておきたいと思ってね。とりあえず建築家が最低だというのは十分に理解した」

「となると、あとは医者ですか」

「もう少し聞きたいね。彼が何をしているのか、とか」

「さっき見た通りバグ殲滅後の補修作業ですよ。それと、デラ……デラフグ?」

「デフラグ、だね。不要なデータ等を整理する作業だ」

「そう、それ。無駄なデータが多すぎるからバグが発生しやすいんだ、とかなんとか。街中のそういうスポットを修正してるみたい」

「それに金は出るのかい?」

「バグ処理に比べて低いですけど、すっごいスピードで仕事こなしてるから。認めたくないけど、腕は確か」

 本当に、世の中間違ってる。私にもそんな超絶スキルがあればと思わずにいられない。

「なるほどね。実は街のデータ容量が想定以上に減っていたから気になっていたんだ。そういう理由なら納得だ。他には?」

「私も詳しくないからよくわからないですけど、仕事としてはそれぐらいですよ。寝る時と食事の時以外はずっと」

「他に話をしたり……はしないか」

「私も日中はバグ処理に動いてますから。強いていうなら、一緒に落ちて来た医者と女の子は不憫だな、とか何とか」

「良い所もあるじゃないか」

「そうですか?」

 言われてみればそうかもしれない。

「医者の彼はどうだろう?」

「凄く紳士ですよ。会えばわかると思いますけど。問診の値段も良心的だし」

「こっちの価格に合わせてくれているようだね。助かるよ本当に」

「戻る上の階層が無くなったら意味がないって言ってましたね」

「彼がそう言ったのかい?」

 あれ、変な事を言っただろうか。桐間の口調が厳しくなったように感じたので、正確に記憶を掘り返す。

「多分、一文字一句じゃないですけど。でも、何か変ですか?」

「いや確かに彼の言う通りだ。争奪戦で大敗すれば、何もかもを奪われる。だが、規模の大きすぎる話ゆえにそこまで考えられる人間は少ない。君はどうかな?」

「あー。言われると、私もなんとなーく大きなイベント程度にしか」

「今回のクロックヴァリスタの動きといい、上層住まいの人間は意識が高いとみるべきか」

「そんなに難しく考える事かなぁ?」

「用心してしすぎる事は無いからね。ありがとう。参考になった。他に、気になる点とかあるかな?」

 特筆するような事は無いけれど、自分の知る限り、思った事はほぼ全てありのままに伝える。

 彼は適度に相槌を打ちながら聞いてくれていたが、その反応を見るに大した収穫が無いのは明白だった。

「私が思ったのはそれくらい」

「分かった。アイスコーヒー1杯で色々とありがとう」

「どういたしまして。この程度の要件なら、いつでも付き合います」

「なんだ、意外と気に入ってるじゃないか。所長によろしく言っておいてくれ。ただし、ここに来たことは内緒だ」

「分かってまーす。言ったら当面機嫌悪くなるもん。私に隠れて通ってるくせに」

「頼んだ。こちらも話をしてくれなくなると困る。さて、そろそろ時間かな」

 互いに笑い合いながら席を立ち、入り口前のレジカウンターへ。

「1,200円です」

 やっぱり、此方が心配になるくらい安い。

 あくまでレートに対しての話なので、好き好んで来るかどうかは別の話だけど。

「ごちそうさまです。それじゃ、行きましょう」

 私は携帯端末を取り出して、医者に持たせている臨時端末番号を素早くプッシュした。

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