第10話 疾走


 ナギは精霊の森の中を杖の光で照らしながら走っていた。


 駆ける彼女の視界の中を、立ち並ぶ木々の幹が、縞模様となって流れていく。



 進んでも進んでも同じ景色が続き、さも一切前進していないように思えるが、自身がたしかに森の中を東進していることをナギは知っていた。



 森の闇を切り拓いて行くと、時折、地面を漁っていた小動物たちが驚いたようにサッとナギを避け、恰も黒い海を割って進んでいくかのような光景が広がる。


 また番いの有角の大型獣が闇の中で光るの眼玉をこちらに向けて来たり、ぴったりとナギの横や背後で伴走する何頭かの中型の獣らしき気配もあったが、ナギは見慣れたそれらには一顧ともせず駆けて行く。



 精霊の森は殆どの場所では、木の條々が密集して陽光を遮っているがために、下草は大抵背が低く、森を歩くのに苦にはならない。


 一方、空を覆う枝葉のまばらな場所においては、つたいばらが面目躍如として生い茂ってその行く手を遮っているのであるが、ナギは獣たちの通う道を利用して、巧みに藪の中を掻い潜りながら進むため、彼女の疾走が妨げられることはなかった。



 幼い頃から自分の庭のように駆けまわった森の中にいると、ツリーハウスから見た、地獄のような光景がその先に広がっているとは想像できなかった。


 森閑として、動物の鳴き声一つない森の中は、ナギの心中に浮かぶ最悪の光景と相反するものであって、まるで森自身がとても薄情なものに思えて、ナギは心から込み上げてくるとりとめない感情を必死に噛み殺しながら走った。


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